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Author:bike
 写真は、和歌山県内にある「紀伊日ノ御埼燈台」です。
定年後、日々余裕ができたのでアメブロを始めたのですが、平成25年9月15日、当ブログに引っ越しをしました。思いつくままに綴っているところです。
 右サイドバー、リンク上段の「自転車で日本一周の旅」は私のホームページです。

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無題(6)

昨日に続き、霊についてのつづりです。


今日は、今は亡き、私の叔父についての不思議な現象についてなんです。


叔父は病気で入院後、死亡に至るまでの長い間、高知県内の病院で入院生活をしていたんです。問題は、死に至る間際の出来事なんです。


<実例2>

お話は、平成18年6月にさかのぼります。


叔父が亡くなったのは、平成18年6月3日でした。


5月半ば過ぎころでした。おばから、「今、緊急を要するわけではないが、ここのところ元気がなくなっている・・・」との連絡をうけたんです。


この後、叔父が亡くなる一周間程前でしたが、妹が突然、

「お兄ちゃん、○○おっちゃんが、トンネルの入り口手前で立ち止まり、誰かを待っているよ。姿勢を少し横向きにしてタバコを吸いながら、それもイライラしながら外側を観ているよ。立っている足元周辺には、タバコの吸いがらが沢山落ちている。だから、だいぶ長い時間立ち止まっているはずやわ。時間がないよ、早く行ってあげた方がいい。でないと、後悔するよ」と、私に伝えてきたんです。


そして、更にそのあとの言葉が、「6月3日だと思うけど、おっちゃんは、この日に亡くなるわ」だったんです。


このころの私は、この種の妹の発言に、すごく敏感になっていたんですね。つまり、霊感に対して全幅の信頼を寄せていたので、このことばを聞かされるとほんとにシャレになりませんでした。


死亡する5日ほど前に、弟が先にお見舞いに帰ってくれたんですね。このときも至って元気で、変化はなかったんです。ですから、お見舞いが終わると弟も安心して帰阪したんです。


そのあと6月3日の朝でしたが、最後に私たちがお袋を伴って家族全員でお見舞いのため病院を訪れたんです。


久し振りの面会でしたがこのときも、なんら異常は認められませんでした。寧ろ、病院を出る間際では、右手でVサインを示しての記念撮影に応じてくれたんですね。


面会した時、姉であるお袋の名前と私の名前を聞くと、ハッキリと答えてくれたんですが。


でも、このとき、なぜか妹の名前だけは、どうしてもことばに出せなかったんですよ。


仕事の関係もあり私たちは、その日の帰阪に備えて、一旦、叔父の自宅を伺うため病院をあとにしたんです。


時間も押し迫り、16時を過ぎていたと思うのですが、恐らくこれが最後になるかも知れないとの思いから、帰阪途中、再度、病院を訪れたんです。


すると、あさ訪れたときは妹の名前を口ずさむことが出来なかった叔父が、病院を離れる間際に、「○○○ありがとう。よく来てくれたな。おまえは、いい子や」と、妹の名前を呼び感謝の言葉を伝えたんです。


子供のいない叔父のことを考えるとかなり複雑な心境でしたが、病院を後にしたんです。


帰阪途中、国道沿いに温泉がありましたので、疲れを癒すべく途中下車したんです。恐らく、一時間余り立ち寄っていたかもしれません。


入浴後は、ひたすら自宅へ向かって車を走らせたんです。すると、30㌔m程走っていたと思うのですが、携帯電話のベルが鳴ったんです。応対してみると弟からのもで、「○○○おっちゃんが、つい先ほど亡くなったよ・・・」との報告が入ったんです。


この連絡を受けた私は、体の力が抜けてしまいましたね。連絡を受けた後、すぐ病院へ引き返したんです。


妹が見た映像の世界。まさしくあれは、叔父が死の世界へ入ろうとしたトンネルだったんです。その入り口に立ち、私が病院へ伺うことを待っていたんですね。面会後、それも、予言どおり3日に死亡したんです。


面会した限りでは、少なくともその日に死亡する様子は見受けられなかったんです。でも、私を見たその日に他界したんですね。



ずっと以前、テレビ番組のなかで、霊の存在について不定的な発言を繰り返していいるのを見たことがあります。


でも、それは間違いですね。人間の死後には、ほんとに信じられないようなドラマあり、新たな世界が待っているです。

それでは、また明日の書き込みといたします。







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