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 写真は、和歌山県内にある「紀伊日ノ御埼燈台」です。
定年後、日々余裕ができたのでアメブロを始めたのですが、平成25年9月15日、当ブログに引っ越しをしました。思いつくままに綴っているところです。
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慰安婦強制連行の原点

 1965年の日韓基本条約で、慰安婦問題は最終的な決着をしている。ところが韓国は難癖をつけ続けた。結果として日本政府は、韓国による必要以上の責任追及に屈した。米国の仲裁もあり、2015年に再度、「最終的かつ不可逆的に解決されること」で合意した。しかし、なおかつ問題を蒸し返されている。

 結論を言うと、日本軍による慰安婦強制連行は一切なかった。日本軍が関与したとされる証拠が何一つ明らかでない。では、どうしてこのようなことになったのか。少々触れてみたい。事の発端は、吉田証言に加え朝日新聞による必要以上の捏造報道があった。更には、平成5年の元官房長官・河野洋平氏による、いわゆる日本軍による強制連行を認める「河野談話」が決定的となった。

 1980年代、吉田氏は、戦時中の日本軍の暗部を暴く著書を手掛けた。氏は「日本軍の命令によって韓国・済州島に渡って、泣き叫ぶ若い女性や嫁たちを木剣で脅して、次から次にトラックに乗せて、何百人も慰安婦にした。申し訳なかった」とする虚偽証言をしている。

 この虚偽報告に飛びついたのが、日本側と朝鮮半島の人々だった。朝日新聞もこの証言に飛びつき、調子に乗ってザンゲの記事を取り上げた(のち、2014年になって、やっと国内向けに訂正記事と謝罪をしたが)。これらのことが重なり、日本軍による慰安婦強制連行があった、と世界中に拡散され、国連人権委員会でのクマラスワミ報告にまで至っている。

 ところが10年後、吉田清治氏の証言のすべてが虚偽であることが明らかになった。にもかかわらず朝日新聞は、このあと20年間、あたかも真実であるかのように取り上げた。

 吉田清治氏の息子さんによると、父は済州島に行ったこともなく、自宅で地図を広げて著書を記した、と証言している。日本の学者も吉田氏へのインタビューや済州島での調査も行っているが、日本軍による連行は認められていない。

 ここで大切なことは、吉田氏を操る人物(シナリオを描いた人)が幾人もいたことである。1990年代に入ると、吉田証言の嘘がバレると、シナリオを描いた人たちは梯子を外した。

 その裏付けを取り上げてみたい。

 吉田氏は息子に対して「これから四百万円~五百万円のお金が入るから」と言って、それまで都内で家賃四万円から十二万円の高額な家に引っ越したものの、このお金が入らなくなったので、家を出ている。

 息子さんの証言では、「当時、自分の家には碑を建てるようなお金はなかった」としている。要するに吉田氏は、文無しに等しい暮らしをしていたわけだ。だから、吉田氏に誰かがお金を出していたことになる。

 もう一点、氏のビザには日本出入国の際のスタンプはあるのに、韓国のスタンプがなかった、と息子さんが証言している。つまり、韓国政府関係者が税関を通さないでVIP扱いで私費で建てたとされる碑の場所へと案内していたのだ。

 長文になったが、以上のことが慰安婦強制連行の原点である。


 
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