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Author:bike
 写真は、和歌山県内にある「紀伊日ノ御埼燈台」です。
定年後、日々余裕ができたのでアメブロを始めたのですが、平成25年9月15日、当ブログに引っ越しをしました。思いつくままに綴っているところです。
 右サイドバー、リンク上段の「自転車で日本一周の旅」は私のホームページです。

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冷静な心で分析をする

 ここ数回のブログ記事を読まれて、随分、中国の悪口を付け加えられている、と感じたことでしょう。でも、基本的には、日中が仲良くしてほしい、との思いに変わりはありません。

 私は時々、「政治家 田中角栄」の本を再読します。日中国交正常化したのが、1972年(昭和47年9月)のことでした。日中国交正常化に向けての会談で、周恩来総理が田中首相に向けて発言したとされる次の言葉がいつまでも心の中に響きます。日中韓に横たわる慰安婦問題についても、同じ言葉を当てはめることができれば、素晴らしい日中韓関係を築くことができるはずです。

 「われわれは、賠償の苦しみを知っている。この苦しみを日本人民になめさせたくない。われわれは、田中総理が訪中し、国交正常化問題を解決するといわれたので、日中両国民の友好のために賠償放棄を考えた

 中国人は本来、懐(ふところ)が広いのです。周恩来総理の発した言葉を我々日本人民は決して忘れていはいけないのです。日中国交正常化に至るには、両国の政治家がそれこそ胃の痛む思いをしているはずです。そのことを思えば、未来永劫にわたり日中国民が仲良くしていく必要があるはずなのです。

 なのに、今の日中間には、なんだか随分、きな臭い動きが漂っています。では一体、どこに原因があるのでしょうか。ここのところを冷静な心で分析してみる必要があると思うのですが。
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THEME:日記 | GENRE:日記 |

COMMENT

No title

おそらく無理を通せば道理が引っ込むって奴ですね
向こうには向こうの都合が有るのでしょうけど・・・

No title

こんにちは
大きな理由は日中間のバランスの変化ではないかと思っています。1972年ごろの中国と今の中国では全く別物といってよいほどレベルが変わってしまいました。それこそ、日本どころか、他のアジアの国々を見下し、アメリカと肩を並べるほどのレベルにまで。立場が変われば、考え方も変わります。そのあたりに原因の一つがあるのかなぁ、と私は見ています。

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