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増本世志夫

Author:増本世志夫
写真は、和歌山県内にある「紀伊日ノ御埼燈台」です。
定年後、日々余裕ができたのでアメブロを始めたのですが、平成25年9月15日、当ブログに引っ越しをしました。思いつくままに綴っているところです。
 右サイドバー、リンク上段の「自転車で日本一周の旅」は私のホームページです。

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一歩前進、二歩後退

  最近の私は、ブログを書く心構えにつて、「一歩前進、二歩後退」のようです。お相撲さんの土俵上での真剣勝負で表現しますと、相手を必死で押すのだけれども、押し返される。まさに土俵際まで追い詰められ、寄り倒される寸前のようです。

  それでも、寄り倒されないのには、それなりの理由があるからです。寄られても、寄られても、体制を元に戻す。ブログごときですが、大変なのです。

  こうして私がつまらないブログを書いてる間も、時間は止まることなく、楽しいことも、嫌なことも含めて、日々様々なことが社会のなかで起きています。

  時にはこれまでどおり、毒のあるブログも書くつもりです。

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お見送りができなかった

  定年過ぎまで生まれ育った関西の地から知人が昨日、中国へ移住されました。

  今月の9日、出発の日時について、メールを通じて承知していました。その日はお見送りをしなければ、と早い段階から心構えをしておりました。

  そして、昨日、関西国際空港へ早い時間帯に到着。ご本人はもとより、他の方にもお目にかかれるはず、と搭乗口で待ち構えていました。

  出発時間は、12時10分です。10時に着いたのですが、すでに「搭乗手続中」の表示が見られます。「一瞬まさか?」とは思ったのですが、結局、再会することができませんでした。そのあと、理由は明らかでないのですが、出発時間も1時間遅れていましたが。

  悔やまれるのは、携帯番号の確認をしていなかったことです。加えて、ご本人が空港に到着する時間をメールで再確認することを怠ってしまったことです。

  早く着けば大丈夫、と高をくくっていたことが、結果として大きな過ちを犯したことになります。関空の近くで住んでいながらお見送りができなかったことは、私の大きなミスでした。

  それにしても、定年後、中国という異国の地へ移住することにした知人の決断に驚くばかりです。私は、国内移住ですら実行に移すことができないわけですから。

  出発事前のお別れ会で、知人の述べたお礼の言葉が今でも心に残っています。
  「私が中国に行くことになったことは、なにか深い意味があるはずです。でも、今はまだ私にもわかりません」と。多の仲間の心配をよそに、奥様を信じて、奥様の故郷に移住を決断した心の一端を明かしました。

  人間の一つひとつ取る行動、一見、意味のないように見えて、実は深い意味が含まれていはずです。それは、人と人との出会いもそうだと思います。出会いの一瞬を見逃さず、いかにして自分の手元に手繰(たぐ)り寄せることができるかでしょう。知人の言葉が私の心の奥に、今でも深く突き刺さっています。

  国際線搭乗口を入る多くの方を見ているうちに、改めて、今の時代はグローバルな観点に立つ生き方が求められていることを悟ったものです。知人の行動を心配するまえに、自身の心の改革が求められているのかもしれません。

  残された人生、中国の地で幸あることを願うばかりです。



市役所の雰囲気が変わった

  先日、印鑑証明をとるため、久しぶりに市役所を訪れた。

  玄関を入りまず目にしたのが、ホール内で仁王立ちしている一人の警備員さん。なんだ、これわ・・・? これまで、いなかったはずである。

  そこで、すぐさま直感したのが、7月、兵庫県宝塚市役所で起きた放火事件との関連性だ。恐らくその後、急きょ警備員を配置したとしか思えない。いや、まさか私が存在しているので警戒しとは思いたくはないのだが、ついあらぬことまで考えてしまう。なんだか嫌な雰囲気を感じた。

  生活保護に象徴されるように、日々の生活に苦労されている方の多いことを昨今、実感する。ところがこれは表面に現れている方たちであって、まだまだ、生活に困っておられる方が多くいるはずだ。このことを市は理解しておく必要がある。このことを理解せず財政が苦しいだけの論法で、強権的に税徴収に踏み切ると、宝塚市で起きたように市民との間で、どこかで軋轢(あつれき)が生じる。

  とは言うものの、支払いが可能なのに意図的に支払いを拒むという悪質なケースもあるのだろう。

  役所内に警備員を一人配置(委託警備)すれば、それだけ無駄な税金が必要になる。しかし職員が安心して業務に就けるためには、それでも警備委託が必要であることも理解できる。

  久しぶりに訪れた市役所であるが、警備員一人が立哨(りっしょう)することで、市役所の雰囲気が変わった。いやな時代になったものだ。

  昨日は、宿直勤務から帰宅をし少々眠りについていると、突然、ふくらはぎの筋肉の「こむら返り」に襲われ、激痛に悲鳴をあげました。痛みが止まるのか、とさえ思えたほどです。

  さて、お盆休みも終わりましたね。この夏休み期間中、日本列島、いや世界を股に掛けての夏休みの思い出作りをされた方もおありかと思います。

  現役時代は、お金の融通はつくけれども、なかなか暇が取れない。一方、私の様に年金生活に入ると、時間はたっぷりあるけれどもお金の担保が取れない。ま、人生というのは、うまくいかないものです。

  そこで、せめてもの物思いにふけるのが、自転車で日本一周をしたことです。夏を迎えると、「この日は、北海道のどこそこを自転車で走っていたな・・・」、と当時に思いを馳せます。

  明日は21日です。この日は、北海道襟裳岬を目指して、走っていました。

  私が北海道に上陸をした年の夏(平成22年)ですが、道内一周(20日)の間、走行中大雨に見舞われたのは、わずか二日でした。他に雨で走行をさぼったのは、一日でした。晴天に恵まれた中での走行であったといえます。

  北海道の場所にもよりますが、今年は結構な、いや迷惑なほどの雨が降っているところもあります。自転車での走行中、幾度となく感じたのが(今でも)、私は比較的「運」に恵まれていることについてでした。

  偶然のように思う「運」ですが、決して偶然でないことに気づいたこともあります。

  「運」と言えば、日々様々なことを通じて感じることがあります。もう少し時間が遅れていればよかったのに、なんて感じることが多くあります。ただ、この「運」も、すべてが偶然とかだけで、自身に味方をしてくれているわけでもありません。つまり、自身のちょっとした行動や、思いの強弱により「運」の行方も大きく左右されるはずです。でも、それは神のみが知るはずです。

ニックネームを実名に変えました

  アメブロ入会以来愛用してきた「shoutohausu」のニックネームを、今日から実名に切り替えました。実名以外のニックネームを使っていることは、私にしてみれば長らく喉(のど)に刺さっていた大きなトゲでした。

  実名を使うに至るには、当然、それなりの理由があります。いや、ありました。

  自転車で日本一周をする過程で、ブログ仲間の数人の方から、常に励ましのお言葉をかけていただきました。そのなかのお一人(実際は2人)ですが、アメブロの網の目をかいくぐり、大切な携帯番号を私に教えてくれたのです。それでも私は、ブログのメッセージ欄を使っていたわけですが・・・。

  ブログのメッセージを使いながら、お住まいの地域でお会いする約束を取り付けたのですが、双方の日程にどうしても調整がつかず、結局お会いすることができませんでした。相手の方も職業柄、私が日本一周をする姿を生の目で見て、私の語りを聴きたかったのだと思います。

  細かいことは、これでやめておきますが、私の心の中でいつも気に留めていたのが、私自身の身分が明らかにされていなかったということです。

  そこで、日本一周後、まず反省と同時に行動に移したのが、ホームページのなかで実名を明らかにしたことでした。それでもなおかつ気になっていたのが、ブログで使っているニックネームでした。すぐにでも実名を使いたかったのですが、実は、入会時アメブロで登録したニックネームを変更することは不可能、と今日まで勝手に思い込んでいたのです。

  今朝、アメブロについて調べてみるうちに、今更ですがニックネームの変更が可能であることを知りました。そこで早速、ニックネームを変更し、今日から実名でブログを書くことにしというわけです。

  今、少し壁にぶつっている感じですので、心の整理がつき次第、徐々に綴ることができればと思っているところです。


暑い! の一言につきます

  昨日は、私の地域でも36度あったようです。一方、私の田舎ですが、隣接する四万十市(しまんとし)では、40.7度もあったことが伝えられています。これはもう人間が我慢できる許容範囲すれすれではないでしょうか。というのか、外になんか出てられないですね。

  今日は6時30分に起き、ワンちゃんの散歩。そのあと、姪っ子と甥っ子とともにお墓参りをすませたところです。

  昨日は冷房の部屋で一日中閉じこもっていたのですが、今日は一転して、冷房は勿論のこと扇風機さえもまだ使わず我慢比べをしているところです。爺の暑さ我慢大会のようです(額から汗が流れています)。そして、ワンちゃんのそばには「畜冷剤」を置いています。今日はなぜか、舌を出して「は~、は~」と言っておりません。もっとも、これをすると要注意で、冷房が必要になりますが。とにかく、暑い!のひと言につきます。
  
  内容が飛びますが、昨日の早朝でしたでしょうか、聞き流したわけですが、30代の男性が世界一周に備えて早朝訓練に励んでいたところ、車にひき逃げされたことが伝えられていました。

  大きな夢に向かっている寸前の事故です。ほんとにお気の毒だと思います。自転車で最も気をつけなくてはいけないのは、深夜と早朝走行です。つまり、酒気帯びや居眠り運転者の車が走っている可能性が高いからです。

  もう一つ気がかりなのが、台風が全く発生しません。夏は雨が期待できません。でも、そこのところを補ってくれるのが、台風に伴う雨です。確かに、所々で、それも局地的に豪雨がありますが、これは、はっきり言って有難迷惑でしかありません。

  皆さま、猛暑に負けないよう、頑張りましょう。同時に、日本列島にほどよい雨の降ってくれることをお願いするものです。




姪っ子

8月15に誕生日を迎える姪っ子。23歳になる。

色々あったな・・・。でもすごく成長してくれたことが、何よりもうれしい。

何事についても、家族の中でいちばん冷静な目で見詰めいることに気づく。人間的にもそれだけ成長してくれたことの証でもある。時には私がお説教されることさえある。

この姪っ子がときには一人暮らしの我が家を尋ねて、金曜日に泊まってくれる。

23歳と言えば、本来、結婚を考える年齢でもある。私的には「もう早く、」との思いもするのだが、弟から「お前は25歳まで一所懸命働け」と告げられたことを、今はひたすら守ろうとしている。仕事面でも、少しでも成長してほしいと願っている。

この姪っ子、中学二年生の時から付き合っている彼氏がいる。よくぞ飽きもせず、長続きしていると感心さえする。お互い、幾度かの紆余曲折を経ながらも、とにかくいまも続いている。どうしてこれほど一途(いちず)なのか、私には理解できない。

このままだと結婚まで行きつくように思える。私は心の中で彼氏のことを、「姪っ子を泣かすようなことをしたら、許さないからな・・・」と静観をしているのだが。

「こう、」と決めると、絶対に弱音を吐かない。とことん最後まで貫く。小さいころの性格は、今でも変わっていない。でも、あまりにも真面目な性格は、ストレスをため込む傾向があるので、やや心配でもある。

私はまだ死ねない!そのような思いだ。

禁錮1000年の終身刑で思うこと

  米国で起きた女性3人の監禁事件の犯人に対して、仮釈放なしの終身刑と禁錮1000年が言い渡されたことが伝えられています。

  報道を通じての範囲ですが、一人の被害者女性が量刑審問で発言されているわけですが、そのことばの重みを改めて感じるものです。

死刑判決は自らを苦しめ続けた同被告にとって『楽すぎる』と、司法取引を歓迎。そして、『私は地獄で11年を過ごした。あなたの地獄はこれから始まる』と、法廷の被告者に対して語った」。これが、犯人に対する被害者女性の偽らざる気持ちなのです。

  つまり、被害者女性が加害者に求めた刑は、死刑は楽すぎるので仮釈放なしの終身刑と1000年の禁錮刑でした。

  過去の私のブログでも、「死刑制度について、賛成、反対、を言えるのは被害者とその家族のみにある」趣旨の意見を述べたことがあります。

  死刑制度について、日本国内で語られるとき(多くの国で死刑制度が廃止されているところですが)、死刑反対派の意見が「人間が人間の命を奪う制度があってはいけない」と言うことではないでしょうか。一方、死刑制度賛成派は、「人の命を危(あや)めたのだから、死を持って償うのは当然」とするのが理由のようです。

  今回の被害女性の思いはどうでしょうか。私たちの思う意見のいずれにも合致していないことを感じるはずです。死刑は望まなかった、でもそれは死刑を否定することでもないはずです。

  禁錮1000年の終身刑で感じたことは、量刑に被害者本人とその家族の意見を取り入れることの必要性です。