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増本世志夫

Author:増本世志夫
写真は、和歌山県内にある「紀伊日ノ御埼燈台」です。
定年後、日々余裕ができたのでアメブロを始めたのですが、平成25年9月15日、当ブログに引っ越しをしました。思いつくままに綴っているところです。
 右サイドバー、リンク上段の「自転車で日本一周の旅」は私のホームページです。

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このようなところに手厚い援助が必要

  テレビを通じて、発展途上国で井戸掘りや学校・医療現場など、様々な分野での技術指導に携わる日本人の生きざまを目にします。

  そうしたなかで今日、目にしたのは、過去、神戸市で長年救急救命隊員としての経験のある64歳の男性についてです。彼の救急救命隊員としての技術がカンボジアで必要とされたわけです。勿論、無報酬です。

  カンボジア救急隊員の技術の乏しいのは勿論のことですが、日本ではごく当たり前である消防・はしご車や救急車が不足していという現実です。そのことが救える命さえも救えないのです。

  この事実を知った神戸市は消防・はしご車を寄付され、他でもいくつかの日本の地方都市からも不要になった消防車や救急車などが現地へ届けられたことが伝えられていました。

  番組のタイトルでも記していましたが、彼の技術指導を見ていると、まさに「救急救命の鬼教官」そのものでした。でも、彼の厳しい指導を一生懸命吸収する隊員の姿勢に感銘しました。

  その成果たるや見事なもので、整列時での機敏な行動は日本人そのものです。また事故現場にあたっての救急救命隊としての処置の仕方も指導を裏切るものでなかったのです。

  厳しい中にも訓練の最後、隊員に伝える言葉が、「誇りを持て」でした。この言葉を聞けば、隊員もやる気がみなぎるというものです。

  政府は、発展途上国への企業進出ばかりに目を向けていますが、地味ではあるがこのようなところにこそ手厚い援助をするべきです。そのことが、しいては日本が信頼されることになるからです。

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カメが失禁した

  今日の大阪南部は、朝から曇りです。

  さて、近くにある郵便局へ出向く途中のことですが、緑地帯で居座る大きなカメを見つけました。

  池や川から結構離れています。カメがここまで来るには、かなりの危険と労力、時間をかけたことが想像できます。でも、このままだと、確実に死にます。

  私はカメさんに「カメさん、えらいところまでやってきたんやな。帰りに池のそばまで連れて行ってあげるから、待ってってや」と心のなかで伝えながら、郵便局へ向かいました。

  帰宅時に同じ場所を見ると、当初の場所から5㍍ほど移動していたものの、とにかくカメを見つけたので両手で持ち、近くにあるため池に放してあげるべく移動しました。

  移動中、カメの顔を見るとあまりにも可愛いので、写真を撮ろうとしたその瞬間ですが、足元に水がこぼれお落ちる音が「ピシャ」と聞こえたのです。そう、カメが失禁したのですよ。

  恐らく私がカメの頭越しから写真を撮ろうとしたので、恐ろしさのあまりに小便をチビッたのでしょうか?生き物なので、小便をするのは当たり前のことでしょうけれども。それにしてもカメが小便をするとは驚きましたね。

  ということで、カメは池の周辺を囲ってある金網の下の隙間から押し込み、放してあげました。無事、池へ向かってくれることを願っています。


 



        あまりにも可愛かったので、頭越しから写真を。すると、次の瞬間・・・

 
                  

                     カメが失禁したのです。

 

              池を囲む金網の下にある隙間から押し込みました。

 


         暫らく観察をしていると、やっと奥の方へ行ってくれたのですが。

 

開花してくれるのかな

   住まいの近くで、花をこよなく愛されている方が二人おられます。四季折々の花を育て見事に開花せさせてくれるので、道行く私たちの心も和む一瞬です。

  そのなかで私のお気に入りは、毎年美しい花を咲かせてくれる小菊?です。いつも冬から春にかけて長い間、可愛い花を沢山咲かせてくれます。

  この花ですが、夏に入ると、役目を終えたかのように花の木がすべてが枯れ、枝には種が残ります。やがて枝から種も落ち、梅雨の終わりになると新しい小菊が力強く芽を出すのです。

  先日のことですが、花を管理されている女性が花に散水をされているところにちょうど出会いました。そこで、事情を説明したうえで種を頂くことができたのです。

  昨年秋から始めた車道沿いにある花壇の除草ボランティア。そこに菊の花を咲かせることを試みたのです。

  昨日は、曇天だったので目的の場所へいそいそと出向きました。種をまく場所を除草し、そこに種をまきました。

  さてさて、この冬、花が咲いてくれるのかな。楽しみですね。それにしても暑かった。まるでサウナで流れでる汗の様に、全身がびしょ濡れになりましたよ。

 
 
 

人心

  日本の象徴でもある「富士山」が、世界遺産に登録されることになりました。貴婦人の呼び名に相応しいほどに美しい山ですね。それに信仰と巡礼の神聖なる山ですから、当然であり嬉しい限りです。

 喜びと同時に地元の方々にとって苦労が忍び寄ろうとしています。取り上げるまでもなく、自然保護対策です。これまで以上に内外から観光客が押し寄せてくることが予想されるからです。

 五合目まで訪れる 観光客や登山者の車をどのようにするのか。それにトイレやゴミ対策、これからが大変なのです。

  そこで早くも専門家から、「登山料を7千円徴収する必要がある」と言う意見が出ています。これで、入山者を規制できる、と踏んでいるようです。もっとも、なかには一万円以上でなくてはいけない、との声さえ聞こえます。

  和歌山県・「紀伊山地霊場と参詣道」が、平成16年に世界遺産に登録されました。すると、それまで高野山ではあまり見かけなかったはずの外国人の方々が多く訪れるようになりました。

  世界遺産登録になっても、特段なにかが変化するわけでもありません。ましてや、富士山がどこかに引っ越しをするわけでもなく、身を隠すわけでもありません。

  なのに、世界遺産になった途端、多くの方が一気に押し寄せようとしています。それほど慌てて行かなくてもいいと思うのですが。人心がよく理解できません。

涼しい二日間でした

雨がよく降りました。あまりにも雨が降らなかったので、大切な水瓶であるダム湖の貯水量も50%まで減少していところもあったようです。ほんとに恵みの雨でした。

雨による副産物は、涼しさまで運んでくれました。大阪では夏を飛び越して清凉の秋気を感じるほどの二日間でした。

視線がふと外に向くと、眩しいばかりのお月さまが目に留まりました。

明日のお天気は、どうなのかな?

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富士登山で心すべきこと

  「弾丸登山」、どなたが名付けたのでしょうか。メディアを通じて知ったことばです。それにしても次から次と、面白いことばを世に届けてくれるものです。

  弾丸登山の意味するところは、五合目から一睡もしないで一気に山頂を目指して、日の出(御来光)を拝み、すぐ下山する登山者のことを言うようです。

  富士登頂は本来、8合目にある山小屋で数時間の仮眠をとり、ご来光に間に合うように山小屋を出発するのです。ここで心しなければならないのが、男女同じところで雑魚寝をすることになります。まるで芋を洗っているのと同じです。宿と違うので、いくらぼやいても通用しません。

  ご存知のように富士山の標高は、3,776㍍もあります。この高さになると、当然、酸素も薄くなるわけです。つまり、高山病の危険性が伴うわけです。このことも踏まえて、無理のない登山を心がける必要があります。

  7合目ほどになると、山道も徐々に狭くなる上に、登山者が多いので時には立ち止まることもあります。まさに渋滞の様相と同じです。そのため、待ちきれなくなった登山者がルートを外して垂直に登山を始める光景を見にします。

  富士山は過去噴火したときの溶岩がごろごろしているので、ルートを外して登ると溶岩が崩れて下を歩いてる人たちに向かって転んでくることがあるのです。山道でないルートを上るのはとても危険なのです。

  登頂と下山ルートが別になります。下山は、結構、火山灰を踏みながのルートになります。3千㍍級の山なので、しっかりした登山靴を履くことを怠ってはいけません。

  それと、8合目の早朝になると、8月であってもすごく寒いので、リュックに上着を準備しておくことを忘れないように。

  はるか遠くから眺める富士山は、美しいですね。でも、実際登るとまるで違うことに気づくはずです。この夏、富士山を登るうえで心得ておくべきことにつて触れてみました。

最高の教材・天声人語

  「落ちているのをまず拾い、枝の実は手でもいだ。すぐにバケツはいっぱいになる。分け前をもらって帰り、ざるに盛ると台所は甘酸っぱい

  「そうして一粒一粒が、食欲を刺激し、食あたりを防ぐといった効用を宿すのである

  以上は、朝日新聞・天声人語から抜粋した断片的な文章です。当たり前の単語を使っているわけですが、素人には意外と使いこなせないものです。

  何気なく読む紙面の中にも、文章を書くうえで手本となる単語が目につくものです。そのようなときは、心から感動するものです。

  私が朝日新聞購読を始めたのが、今年の3月からでした。その理由は、天声人語の文脈の美しさにぞっこんほれ込んだからです。

  天声人語は私にとって、最高の教材であるといえます。

雨よ早く降れ!

今日の近畿地方、曇りのち雨模様になっているはずですが、どうもまだ降りそうにありません。

昨日のウォーキング途中目にした田です。どうやら田植えの時はため池からみずを張るので、そのときはいいけれども時間の経過とともに、やがて水も引き、苗は生気を失いかけています。

僅かに残された田の水溜りで、オタマジャクシが激しく身体を揺すっています。田に張った水も引きかけ熱湯寸前、水がいつ枯れても不思議でない環境の下、オタマジャクシの生をかけた戦いをしているのが、激しい動きから感じ取れます。

かわいそうですね。でもどうすることもできません。雨よ早く降れ!
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それでも五輪招致は正しいのか

  東京都を始め招致委員会が、東京2020年オリンピック・パラリンピック開催に向けて、涙ぐましいまでの活動をされています。これまで一体、どれほどの税金が消えたのだろうか。成功すればいいのですが。

  4月30日付のブログのなかで、東京五輪招致に反対の意見を添え書きしました。その気持ちは今も同じです。理由は、以前のブログでも触れましたが、地震です。

  メインは勿論、南海トラフ巨大地震です。その一方で、東日本大震災から2年以上たつのに、首都圏では、その後、M3以上の地震が想定よりも減らないことが指摘されています。これは何を意味するのか、つまり、首都直下地震の可能性が、震災前の2.5倍になった、とする専門家すらいるのです。

  1000年前も巨大地震が起こったがずっと続いた現実があることも指摘されています。

  東日本大震災後、日本列島全体に大きなひずみが出ているようです。重ねて書きますが、つまり、東京直下地震発生についても警鐘されているのです。

  あまりネガティブなことを考えるのもよくないことは承知していますが、それでも無視できないのが自然災害です。もちろん予測は不可能です。でも様々なデータを突き合わせたうえで、天災からいかにして国民の財産や命を守ることができるのかについての対策を備えることも大切です。

  このことを思うと、2020年東京オリンピック招致は、決して正しい選択とは思えません。他国民まで巻き添えにしてはいけません。

HPアドレスが二つになった

  これまで使ってきたホームページ・アドレス(URL)ですが、私の実名または姓のいずれかを使いたかったのですが、世の中には同姓同名の方がおられることから、設定段階で実名のドメインを使うことができませんでした。

  このたび、たまたまフルネームのドメインを使うことができたので、早速、新しいドメインを取得しました。

  いやだな?と思っていたので、なんだか胸のつかえがとれた感じがします。

  結果として、ホームページ・アドレスが二つになったわけです。

スマホ

  出かける時も寝る時も常にそばにあるのは、スマホ。

  私の電話に対する思い入れには強いものがあります。以前も少し触れたことがありますが、我が家が固定電話を導入したのは、少し遅くて私が成人を迎えてからでした。それだけに10代後半の時は、自宅に電話が欲しかったものです。

  田舎で暮らしていたときですが、当然、自宅に電話がないわけですから必要なときは、お店の電話を使うため、お店まで出向いていました。これがまたものすごく手間でした。一旦電話局へ申し込み数分すると、そのあと、局から連絡が入るわけです。そのあと繋がるわけです。

  それだけに携帯電話が世に現れ、それが持てるようになり、いつでも使える状態になったことが不思議であり嬉しくなったものです。恐らくこどもが好きなおもちゃを手に入れた時と同じ心境になっているはずです。

  スマホが常に手元にあり、どこからでも通話ができる、これ以上の贅沢はありません。

また年金受給年齢上げ検討?

  私が務めをしていた頃の先輩方は、55歳からの年金受給でした。ま、当時と今とでは平均寿命が異なるので、必ずしも同一に語ることはできませんが。

  その後、55歳の年金も、やがて60歳受給へ延長され、更に65歳受給に移行しているところです。

  ところが、日本が少子高齢化社会へ向かっていることに気づくのが遅れたのかどうかは知らないけれども、年金に対する抜本的対策が遅れたため、今になって慌てているのが現状です。

  今日の報道によると、政府の社会保障国民会議会長が「・・・67、68歳、あるいはもう少し上まで引き上げていくことがあってしかるべきだと思う」との意見が述べられています。

  これでは定年後、数年間の年金受給で、ご臨終を迎えることになります。悪態で申せば、一人でも多くの高齢者がこの世から去ってくれることを期待しているかのようです。更には、「個人のことは個人でしなさい(年金廃止)」、と言った大胆なご意見さえも聞こえたことがあります。

  現役の方々には誠に申し訳ない気持ちでいっぱいですね。でも、私たちも現状の年金で生活をするのが精一杯なのです。どうかご理解を。

  少子高齢化社会の現状を思うと、年金受給年齢が68歳まで引き上げられるのも、必ずしも個人的見解とは思えません。

カツオのたたきを食べて親父を思う

  昨日は、夕食にカツオのたたきを買って食べた。

  お店に出向いた。包装されたカツオが平積みされている。手に取り見たところ火あぶりされていた。これは間違いなく美味しいと判断したので、買うことにした。それにカツオは、べらぼうに安い。ラベルを見たところ、静岡産であることが表示されていた。ついでにねぎも買ってみた。

  帰宅後、ネギを微塵切りにしていると、そのうち目に染みてきた。玉ねぎなら分かるが、ネギも目に染みるわけだ。ネギが新鮮であることの証でもある。

  切ったカツオをお皿に入れて、その上に専用のタレをかけ更に微塵切りにしたネギを無造作に振り掛けた。

  早速食べてみた。すると、カツオを噛みしめると、焼きカツオ独特の濃くのある味が喉越しに伝わる。やはり期待を裏切らなかったことが嬉しかった。

  カツオを食べていると、生前、親父が生鰹を一匹買ってきて、さばいた後、火であぶり切ったカツオを皿鉢(さわち)で出してくれたことを思い出した。