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増本世志夫

Author:増本世志夫
写真は、和歌山県内にある「紀伊日ノ御埼燈台」です。
定年後、日々余裕ができたのでアメブロを始めたのですが、平成25年9月15日、当ブログに引っ越しをしました。思いつくままに綴っているところです。
 右サイドバー、リンク上段の「自転車で日本一周の旅」は私のホームページです。

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猪瀬・東京都知事が気の毒だ!

  猪瀬・東京都知事が五輪招致のため随分ご苦労なされている様子をメディアを通じて知ることができていました。それが、米国ニューヨーク・タイムズ紙インタビューでの失言が全世界に発信されると、国内メディアからも揚げ足を取られる結果になりました。 

  自らの失言とは言え、知事がお気の毒ですね。万が一、招致に失敗するようなことにでもなれば、きっと猪瀬知事の失言が最大の理由になるのかもしれません。

  ただ、時を同じくして、他の招致活動されている国において、女性に対する治安問題の悪さが報じられていました。なので、最後まで分かりませんね。

  「無責任な発言!」と大きなひんしゅくを買うかもしれませんが、大阪で住む私からすれば、そもそも東京五輪招致には反対なのです。その理由は、東日本大震災後の日本列島、いたるところで強震が続いているからです。つまり、日本列島が地震の活動期に入ったことが、専門家からも伝えられているところです。それに加え、火山噴火までもが囁かれているのです。

  このような状況下で、世界中から大切なお客様をお招きしてよいのでしょうか。私は、東日本大震災後、東京五輪招致について冷ややかな眼差しで見詰めているのです。

  たとえ東京五輪招致に失敗したとしても、それはそれで、いいではないですか。いいんです! いいんです! それでいいんです! 招致失敗のほうが良いのです。

  なんだか猪瀬・東京都知事がお気の毒でなりません。

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韓国政府の冷静さを願う

  韓国政府・国民が日本に対して強い怒りの念を表している。その原因は、24日の安倍首相が参院予算委員会での「国のために尊い命を落とした英霊に尊崇(そんすう)の念を表するのは当たり前。どんな脅かしにも屈しない。その自由は確保している」の答弁に対するものである。

  安倍首相の言動を受けて韓国政府は、当初予定されていた「日韓外相会談」を一方的に中止した。外相会談は、元はと言えば韓国政府が提案したものだ。それを一方的に中止するのは、国家間の行事においては非礼な扱いといわざるを得ない。
 
  北朝鮮がいつミサイルを飛ばすかもしれないほど事態は緊迫している。このことを思うと、日本の閣僚が靖国参拝をしたからと言って大切な外相会談を中断させたのは、北朝鮮の思うつぼであり、愚かな行為と言える。日本と不仲の関係を作る暇などない。

  事実27日には、開城(けそん)工業団地に残っていた韓国の進出企業関係者(126人)が南北境界線を越えて韓国側に戻したことが伝えられた。両国にとっての友好の証が、これですべて途絶えた。朝鮮半島情勢がますます不透明さを増してきたのだ。

  韓国は勝手な想像で日本の右傾化傾向を懸念する一方で、自国は中国に擦り寄る気配を感じる。これはいったい何を意味するのだろうか。 

  「日韓の未来志向の協力のためにも歴史認識が重要だ」との意見は理解できるが、この時期において、韓国政府にも大人としての寛大な良識と冷静さを求めたい。


外交の真実を知る(中国)

   領土問題に加え、閣僚の靖国神社参拝が中韓に大き刺激を与えたようで、双方の関係がより一層ぎくしゃくしてきた。

  時を同じくして、高村正彦・自民党副総裁が首相特使として中国を訪問し、習近平国家主席と会談する予定であったが、これも中止となった。

  「中国『高村特使』受け入れず」。これは23日付、朝日新聞朝刊3面記事で取り上げられた見出しである。

  新聞やニュース番組を鵜呑みにしていると、訪中中止の理由が閣僚による靖国神社参拝にあるとも受け取れる。

  ところで、月~金曜日の午後5時前からの関西テレビで、「アンカー」というニュース番組があるが、そのなかで毎週水曜日、元共同通信社の政治記者であった「青山繁晴」氏が出演し、主に時事問題を中心として語ってくれている。氏の解説を通じて、高村自民党副総裁の訪中中止の真実を知ることができた。

  真実の中身とは、中国側が高村さんに「来るのであれば手土産が欲しい。ましてや習主席と会談するのであれば必ず大きな手土産が必要だ」と言ってきたという。中国側の意味する手土産について高村自民党副総裁は、「尖閣諸島に領土問題は存在する」と認めること、と認識したようだ。

  高村自民党副総裁はこのことをすぐ安倍首相に報告すると、安倍首相が「お土産が必要なら訪中を中止にしてください」と判断を下したので首相特使としての中国訪問を、「日本側からお断りをした」、というのが事実のようだ

  残念ながら、この真実が国民に正しく伝えられていない。これが残念でならない。

  青山氏のように、真正面から正論・事実を伝えてほしい。中韓にたいして、あまりにも腫物扱いしすぎる傾向がある。私たちは、今、何が起きているのか、外交の事実を知りたいのである。

生きていることに感謝 !

  昨日の朝刊で、ダニアレルギーのことが取り上げられていました。家庭で調理したお好み焼きを食べて起こるアレルギー症状は、ほとんどの原因がダニであるそうです。対策として、残った粉は、ジップ付き包装したうえで冷蔵庫に保管することが提唱されています。なお、お好み屋さんの場合は、家庭と違って管理が行き届いているうえに、使う回転が早いのでダニの心配がないそうです。そこで今日は、我が家に残っていた開封後の粉を廃棄処分しました。

  長い前置きになりましたが、主題に入ります。

  昨夜のテレビで、スマホ・タブレット端末に仕事用のアプリが広がってきたことが報じられていました。営業マンの端末アプリを開けると、項目別の入力欄があるので、必要事項を書き込み本社に送信するというものです。要するに、項目別にまとめるための手間が省ける、というものです。

  余談になりますが、このことひとつとっても、書くことの大切さが求められています。それにしても、世の中の進歩には驚きます。私の17歳と言えば、おやじが船員であったこともあり、我が家にはまだ自家用車もなければ固定電話さえもなかったものです。それがどうです。いきなり「携帯電話」というやつが突然、化物のごとく世に現れました。ほんとに驚きます。

  でも、これが終わりではなかったのですね。つまり、スマホが新しく出ると、それまで使われていた携帯電話は、少々隅っこ隠れてしまいました。ところが、それでも飽き足りなくて、タブレットが出現。これが新たな主役になりつつあります。いったい次は何が出てくるのか、と日々わくわくする思いの私です。

  スマホとタブレットにお株を奪われたPC。これが10年先になると、どのようなものが現れているのか、と考えただけでも楽しくなります。つまり、これが生きていることの価値であり、喜びでもあるのです。生きていなくては損だ、生きていることに感謝の日々ですか
 

 

頑張らなくちゃ!

  我が住まいの棟にエレベーターがあります。先日から、そのカゴを取替え中です。理由は過去、他で人命にかかわる事故が起きたので、厳しい規制がかけられたそうです。そのため、ダブルブレーキのエレベーターに取替え中というわけなのです。

  この工事に伴い、警備員の方が24時間体制で常駐されています。要請に応じて手荷物を運ぶことや、階段でもたやすく移動できる座椅子に体の不自由な方を乗せて上下階へ運ぶためのお手伝いをされるわけです。

  もう一点ありがたいのが、深夜でも安心できるメリットがあります。これが大きいですね。これ以上強力なセキュリティーはないですよ。エレベーターが永遠に休止してくれれば「高枕して寝られるのに」、と有らぬ企みを抱いているところです。

  私の住まいは4階なので、少々面倒臭いですね。でも、安全なエレベーターになるわけですから、全然苦になりません。それよりも、4階よりも上の方は大変ですね。

  ところで、警備員さんの勤務ですが、なんと、午前8時から翌朝8時までのようです。つまり、24時間勤務です。すごいですね。それも立哨(りっしょう)勤務ですよ。生活をするため、ほんとに一生懸命なのです。がんばれ!がんばれ!

  これに励まされて(刺激を受けて)、「私の深夜勤務なんてちょろいもの。頑張らなくちゃ!」と意気込んで勤務に就いているところです。
  現在の時間は、午前1時54分です。皆さまも頑張ってね。

すわ、の言葉に驚いた

  皆さま、おはようございます。いや、もう、こんにちは、でしょっか。そして日々のブログ更新ご苦労さまです。

  国内はもとより、世界的にみても、ほんとに様々なことが起きています。でも、ブログを綴る私には、そのようなこと関係ない? の心境でしょうか。

  ご訪問頂きました皆さまのブログを拝見させていただくのが、私にとって最高の癒しとなり、勉強にもなっているところです。ブログを読みながら時には、ほんとに笑ってしまうことや、笑いかけてしまうことさえあります。ほんとは、少しでも真似をしたいところです。でも、残念ながら今の私には、それほど素晴らしい文章を書けるだけの感性がございません。

  そこで日々涙ぐましい努力をしていますのが、本を読む、新聞を読むことです。そこから何かを身に着けたい、との思いからです。それでも成果がほとんどないわけですが。

  そこで、地震からすでに一週間が経過しましたが、地震の翌日・14日の朝刊の「天声人語」で、
「すわ、南海トラフ地震かと驚いた人もいたようだ。・・・」が目に留まりました。

  地震で驚いたあと、更に「すわ、」の感動詞の使い方に驚きました。というのか、私の頭から「すわ」の言葉そのものが、消去されていたのです。いや、知らなかった、と踏み込んで書くのが正しいかもしれません。これまで、いちども使っていないわけですから。

  国語辞典で「すわ」を調べてみると、「突然の重大事に驚いて出す声。それっ。『ー、行け』」。このように書かれていました。

  私は以前のブログで、「国語辞典を読む」について、取り上げたことがあります。つまり、私の場合は、国語辞典を一種の本として扱っているわけです。それでも誤字をすることもありますが。

  ということで「すわ」の感動詞の使い方に驚いた私でした。

 

道の駅で出会った二人の旅人

  16日のツーリングから。
  高野山入り口の手前に「かつらぎ町」があります。町を南北に分断するように紀ノ川が流れています。紀ノ川を並行して国道24号線が通じています。そのかつらぎ町の一角に「道の駅・紀の川万葉の里」があるわけですが、立ち寄ってみました。

  紀ノ川の写真を撮り出発をするため振り返ると、40歳前半と思しい一人の女性を見かけました。そばには小型ワゴン車があり、すぐそばには道の駅の境界線を示すための金網の柵があります。その車のドアと金網の柵を使って、所狭しと寝具など様々なものが干してあるのが、目を引きました。

  車のそばで椅子に腰を掛けて女性が自前の食事をしています。他に本人の使う以外に椅子が二脚あり、そこには小型犬のワンちゃんが二匹、個々の椅子におとなしく座っています。なんとも微笑ましい光景です。

  余りにも目立つ情景を目にした私は、すごく長旅をしていることを悟ったので彼女にそばへ近づくと、勇気を出して彼女に声をかけてみました

  話の断片から、彼女の出身地が東京であることも分かりました。原発事故の後、今は独りですが息子さんを連れて沖縄県まで逃れたということです。ところが、日中間での尖閣問題が取り上げられるようになると、このことが不安になり、次は北海道へ住まいを移されたというのです。九州へ立ち寄らなかったのは、黄砂やPM2.5の問題のあることも打ち明けてくれました。

  この女性は、特殊技能を身に着けているので、全国を渡り歩きながらでも生活が成り立つそうでした。普通の人には同様の生き方は、恐らくできないはずです。ほんとにタフな女性です。

  彼女と話しているときですが、すぐその後、もう一人の男性が来られました。広島県出身の男性です。すでに年金生活をされているとのことで、恐らく私と同年代であると解釈しました。この男性、私と同様、独り身のうえにけっこう旅をされているとのことです。この方の移動手段も車です。

  原発が気になるので沖縄へ行こうと考えていることを打ち明けてくれました。要するに「福島原発がまだ収束をしていないので、いつ爆発をするかもしれない」というのが沖縄避難の理由でした

  沖縄へ逃げることを聞かされた時は一瞬、「広島であれば、東北の原発は心配ないでしょ」と思ったものです。しかし、「まてよ、広島の方は原発について、私が考えている以上に敏感なんだ」とも思ったのです

   自転車で日本一周の経験上、道の駅での早朝や夕刻になると、旅人との出会いがあるものです。車で旅をされている方々の夜、寝るための場所になるわけです。道の駅で旅人を見かけたときは、話しかけてみるとよいですね。様々な人生ドラマのあることを知ることができるはずです



昨夜の帰宅時間

   昨日の高野山までのツーリングですが、帰宅時間は午後7時55分になっていました。

    府県境の峠越えのふもとに着いた時は、すでに薄暗くなっていました。以前、自転車に取り付けていたライトを破損させ、そのままにしていたのでライトがありません。峠を上りきった時は、山道なので街灯もありません。暗くなった山道の白線ラインを頼りにしながら、無事我が家に帰宅することができました。
 
   高野山中間地点の時間ですが、すでに正午12時15分になっていました。このまま山頂まで進むと、帰宅時間を逆算すると暗くなることも分かっていました。なので、中間地点で引き返すつもりでした。でも、再チャレンジするだけの根性もなければ、体力もありません。ということで、これが最後との思いから、頂上まで走りぬくことを決行した次第です。
 
    坂道で、とにかく頻繁に立ち止まりました。立ち止まることばかりで、ほんとに前に進みません。だから、この時点で「今後峠を目指すのは無理」と悟ったものです。とにかくひざが痛くて心中で悲鳴を上げていました。更に「ドキドキ、ドキドキ」と心臓の鼓動を感じ取れます。帰宅後のお風呂でも、ひざの痛さに苦労をしました。

   今日、お昼前にひざの痛いところにサロンパスを貼ったところ、これが効果てきめんで、だいぶ楽になりました。すごい効果ですね。

高野山まで辿り着きました

やっとの思いで、高野山入り口に当たる「大門」まで辿り着きました。時間がありませんので、奥の院までは行かないで帰宅することにいたします。時刻は、14時32分です。
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高野山手前で

引き返そうと思ったのですが、性懲りも無くまだ山頂を目指しています。
現在の時刻は、13時37分です。
このような看板がありした。
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写真中央に見えるのが、高野山入口になります。でも、まだかなりの距離があるはずです。
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高野山中腹で

やっと中腹までたどり着きました。現在の時間は12時20分です。まだ、2時間は必要なので、今日のところは諦める必要がありそうです。
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高野山途中で

現在の時刻は、11時18分です。なのにまだ中腹にもたどり着いていません。体力・脚力ともに衰えを感じます。情けない。
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高野山へ向かう途中で

途中、道の駅で二人の旅人と話が弾み、予定時間をオーバーしました。えらいことや、頑張ろう。

10時10分、前方のトンネル入口に見えるのは、高野山に向かう南海高野線の電車です。九度山町から。
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自転車で高野山までツーリング中です

今日は、高野山に向けて久しぶりの長距離ツーリングです。

まったくの無計画で、昨夜、突然決めたものです。

自転車のメンテナンスが行き届いていないので、チェーンには錆がでています。
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距離があるので、朝5時50分に自宅を出ました。さて、何時に帰宅できるのでしょうか。

大阪府と和歌山県境の峠です。
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ふるさと

   「ふるさとは遠きにありて思ふもの・・・

  詩人・ 室生犀星(むろお さいせい)の作品ですが、この部分を読むと、いなかで育った私にも在りし日のことが山彦のようにこだまするものです。

   詩人と私の故郷に対する思いには、若干の違いはあるはずです。でも、帰りたくない、の部分につてはなんとなく相通じるものがありそうです。ただし、それでも私は機会があれば故郷へ帰る、矛盾したところもありますが。
 
  ふるさとよりも、大阪暮らしの方がはるかに長い、しかもふるさで再度暮らす気持ちもありません。なのにふるさとのことを忘れることができません。

  そこで、現在公開しているホームページですが、使用容量が10倍になっていますので、有効活用するべく我が思いを綴る準備しているところです。 

  そのためにも当初から求めていたのが島にある灯台のひとこま(写真)でした。灯台は忘れることのできない存在でした。それが先日、あるものを探していたところ、なんと、約40年ほど前に写したモノクロームのネガが出てきました。

  ふるさとを語るうえで、すごく貴重な写真になりそうです。

早朝から大揺れ

土曜日の朝だというのに、早朝から大阪湾の地殻が大暴れしてくれました。4階の我が家が思いっきり揺れましたから。

詳細な地震速報では、私の住まいで震度4になっていました。でも過去の経験からしてそれはないわ、と思ったのですが、ご覧のように震度5が正しかったようです。

本命の地殻が動いたのかと思いました。寝床から更新。


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“男の特権”とはいえ

  ワンちゃんを散歩する行程に、線路に並行する道路がある。けっこう人や車の往来する道だ。

  いつものようにワンちゃんの散歩をしていると、私の向う側から一台の乗用車が走行してきた。すると、走行車線左端に車を寄せて止めると、35歳前後と思しい男性が降りてきた。

  彼は車から降りると、道路と線路を遮断する安全柵の前に仁立ちすると男の特権である立ちしょん(放尿)を始めた。
 
  関係のない私の方が、車や人が通らないか心配になった。事実、男性がことを済ませる間、車が通り抜けている。幸いことの終わったすぐその後、二人の女性が迫ってきたのだ。彼は、人目をはばかる行為も気に留めないほど切羽詰っていたのだろう。 付け加えておくが、立ち止まって彼の様子を伺っていたのではない。

  私もよく長距離散歩をするので、そのような行為を全くしていない、と否定はできない。ただし、少なくとも場所と安全確認は怠らないつもりだ。つまり、犬でもないわけだから所構わずことをするようなことはしない。

  歩いていると、あるいは走行中の車から目にするのが、男性の立ちしょん。ただし、多くが高齢者に見受けられる。だから、ある意味「仕方がないか」と半ば諦めもある。

  いくら男の特権と言えども異性に対する緊張感をなくすると、何でもあり、の人間になってしまうのが恐ろしい。老若関係ない。


「天声人語」著者の顔と名前

  退職後の四年間、訳があって新聞の定期購読をやめていた。とはいっても、新聞を買うためコンビニまでしげしげと足を運んでいたので、それなりの新聞代金を使っていたことになる

  そこでデジタル新聞活用のこともあり、3月から朝日新聞を思い切って定期購読してみた改めて新聞の定期購読の必要性を感じている。

  朝日新聞といえば「天声人語」。若いころは、天声人語をまとめた文庫本まで買い揃えた。それだけに筆者がどなたなのか、随分気になるところ。それが4月1日の朝刊で、名前と写真が掲載されたのだ

  一人の方は、2007年から天声人語を執筆されていた。もう一人は、この3月まで日曜朝刊のコラム(政治断簡)を執筆されていたことも分かった。

  執筆者の名前が分かると、おなじ文章を読んでいても、なんとなく落ち着くもの。名前や顔の分からないままだと、なんだか喉元に食べ物が引っかかっている感じがする

  これから天声人語を読むときは、時には執筆者の顔と名前を思い浮かべることもできるので、文章をより身近に感じることができる

加速するIT革命の進化

 「新聞を読まない。本を読まない。スマホばっかりー 今の若者をみて、人類は退化したなどと思う人こそ実は退化している」。これは昨日、目にした記事です。

  このなかで、この15年で三つのIT革命の起きたことが取り上げられていました。取り上げてみます。

  第一は「ITによる猛烈な効率革命」です。航空券の予約などに象徴されるのがそれです。

  第二は「検索革命」です。パソコンやスマホを使いこなす個人の検索能力です。

  第三は「情報発信能力の拡大」です。ツイッターなどがそうです。

  以上の三点をまとめて、「加速する人類の『進化』に追随できる政治や会社のあり方、個人の生き方に向けて、不断の見直しをしているかが、いま生きる私たちには問われている」としています。

  携帯電話やPCに象徴されるように、確かにITの進化には目を見張るものがあります。なのにいつまでも「私はアナログ人間です」というのは、都合の良いことばでITから目そむけているだけのことではないでしょうか。

  予約ひとつとっても明らかですが、PCを通じて行うのが当たり前の社会になりました。それに、若い世代の連絡手段は、スマホのメールを使うのが常識になってきました。「LINE」などは新しい通信手段の象徴といえます。

  これらのことから、決して「読まない、書かない」のことばが的外れであるといえます。若者たちのITに対する適応能力は、私たち団塊世代とは雲泥の差があるはずです。

  加速するIT革命の進化に適応するには、老若問わず不断の努力が求められています。


ずさんな復興予算

  一昨夜出勤すると、「新年度のスタートに際して」の社長訓示が掲示されていた。

  そのなかで、「・・・順調に前年比120%の業績を伸ばせた・・・」こと等が記されていた。過去を振り返ると今は想像すらできないほどに業績を伸ばしている。これひとえに社長を始めとして、社員一丸となって仕事に取り組んでいるからに他ならない。

  サービス業なので、社長の頭の中は常にお客様の安全運行しかない。その社長の姿勢を、ことあるごとに社員に厳しく訓示もしている。信頼・安心・安全・サービス精神第一の業種だからである。

  今の時代、暗くて長いトンネルを走り続けている感がする。だから、どこが出口なのか先が見えない。今が順調だからこの先も大丈夫、などの保証は何もない。一時間、一時間が真剣勝負ともいえる。

  このように民間企業は死物狂いで頑張っているにもかかわらず、国と自治体間において首をひねりたくなるようなことが起きている。それは、震災地のがれき処理受け入れについてだ。この件について「検討」しただけで、国(環境省)から10の自治体に176億円もの復興予算が交付金として渡されている。

  結局のところ、自治体にばらまかれた交付金は、国民から吸い上げた税金に他ならない。なのに震災地の役に立っていないわけだ。

  現在の日本の借金は、937兆3095億円余り。我が家に換算すると、1804万円の借金を負わされていることになる。個人であれば、破産宣告をしなくてはならない。このことひとつとってみても、ずさんな復興予算などできるはずがない。



期待を裏切った高知高校

  高校野球も今日、いよいよ決勝になりました。桜の開花と同じで気が付けば、もう終わりなんですね。

  1日の朝日新聞のスポーツ欄で、当日行われる「仙台育英と高知」の準々決勝の予想について、「攻守とも穴が少なく総合力で上回る」と、仙台育英が優位であることが、大胆にも書かれていました。

  「ま、仙台育英なので、しようがないか」と思ってみたのですが、なんと、その結果は、0対2で高知が勝利したではないですか。「心中で、申し訳ない」と。

  ものの見事に朝日新聞の高知、劣勢予想の“ご期待”を高知が裏切ってくれました。私も、少なからずも高知県出身なので、たとえ相手チームが大阪チームであっても高知を応援するものです。この結果は嬉しかったですね。

  打線は水物、という表現が使われますが、まさにそのとおりの結果になりました。

  ところが、二日の朝日新聞朝刊では、済美(愛媛県)対 高知の試合について、「投手力に余裕のある高知が有利」の予想が。一転して、一日の予想と異なります。これ嬉しい予想ではないか、の気分になりました。「もしかして、勝つかも。内心にやり」。ところが、結果は、2対3で済美の勝利で終わってしまったではないですか。

  これまた、朝日新聞の“ご期待を二度も裏切った”高知でした。いずれにしても、よく頑張ったよ。


書くスランプ

  「書くスランプ」、このように書けば、いったい何のことや? となるのでしょうか。

  決して書くネタがなくて困っている、ということではありません。嘘ではありませんよ。要するに、PCに向かってブログ更新をしようとするのですが、集中力に欠けるのです。だから、書こうとしても文章にまとまりがつかないわけです。すると、モ~ヤ~メタ? となるわけですね。

  だから、だらだら書くくらいなら、もう、いっそのことブログをやめようかな、と幾度となく考えてしまいました。まさに書くスランプに入り込んでしまった感じです。

  それでもブログをやめないのは、予てから繰り返し書いていますように、生きるうえで必要なこと、それは「書くことの必要性」を理解しているからです。だからブログをやめる勇気がでないわけです。

  であれば、重い腰を上げるように、もうそろそろ我がブログ更新をしなければ、との思いで今日は綴ってみました。

  どのようなことについても言えることですが、いやなことから逃げ出すのは簡単だけれども、人間、その癖がつくとなんでも楽な逃げ道・口実を考えてしまうものです。それも、いやだな。

  さあ、麻痺しかけている脳みそにムチ打って、頑張ることにします。