プロフィール

増本世志夫

Author:増本世志夫
写真は、和歌山県内にある「紀伊日ノ御埼燈台」です。
定年後、日々余裕ができたのでアメブロを始めたのですが、平成25年9月15日、当ブログに引っ越しをしました。思いつくままに綴っているところです。
 右サイドバー、リンク上段の「自転車で日本一周の旅」は私のホームページです。

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私のブログ

私のブログは、全体的に硬い内容と言うのか、要するに論文調の書き方になっています。それはテーマの「感想」を見てもお分かりかと思います。もっとも、意識的に綴っていることも事実ですが。

その理由は過去、ブログを始めるずっと以前、まだ若いころに遡るわけですが、新聞紙面を読む過程で自分で気づいたところを切り抜き、それをノートの片隅に張り付けたうえでノートの空白部分に自分の意見を書く習慣を身に付けたことが起因しているわけです。

なので、ブログにおいても、どうしても自分の意見を述べる論調になっています。

さて、このようなことから、エッセイとしては少々かけ離れた書き方になっていることは明らかです。そこで、反省の意味も込めて、書く内容を数回にわけて少々エッセイらしき書き方に変えてみたいと思っているところです。

なお、どうしてもやらなくてはいけない優先事項がありますので、向こう三週間ほどになると思いますが、ブログの書き込みをお休みさせていただきたいと思います。ただし、ご訪問いただいた皆さまには、必ずご訪問させていただきます。



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コーヒー

  お酒を飲まない私の唯一の嗜好品、それはコーヒーです。一日に三回は飲みます。

  朝、起きると、まずその日の準備。そのあとはお決まりのコースで、とくに最近は、コーヒーにパンの朝食で始まります。コーヒーにパン、個人的には、すごく相性がいいですね。これを飲んで食べているときが至福のひと時です。

  外出したその時は、気分転換にカフェに入ることも、楽しみのひとつでしょうか。ささやかな時間ですが、これはこれでまた格別です。

  私にとってコーヒーは、体調を知るためのひとつのバロメーターでもあります。だから、コーヒーを飲んでみて、喉越しを通じて美味しさを感じないときは体調がすぐれないということです。このような時は、コーヒーの苦さだけを感じるので飲むことをやめます。

  コーヒーは癌予防に有効であることが、新聞や雑誌を通して目にしたこともあります。ま、個人的には、コーヒーが良かろうが悪かろうが、全く関知なしの心境でしょうか。それは恐らく、タバコを吸う方の心境と同じはずです。



日本地図を知る

  今、私が興味を持っているのが日本地図です。これも自転車で日本一周をしたことがきっかけになりました。

  たとえば、関西に住んでいると他県のことは、はっきり言って興味を持とうともしません。このことは、他都県の方から考えると同じことが言えるのかもしれません。

  ということで、歩いているときやちょっとした空白の時間ができると、空想の世界で都道府県の確かな位置確認をしている変な私です。

  以前の私は、例えば関東であれば、東京都と神奈川県を取り巻く周辺地域の県について、なんだか認識不足でした。具体的には、山梨県・群馬県・埼玉県・栃木県について知ろうともしなかったものです。

  とは言っても、一時は、この地方への移住を考えたこともありますが。

  いずれにしても、日本地図を知ることは楽しいものです。いちど九州7県について、頭の中で描いて、件名を書いてみてください。楽しいね。


少し睡眠不足かな

  昨夜は小学五年生の甥っ子が我が家に。そばでともに寝たところ、寝相の悪さに参りました。幾度となく布団から飛び出るので、風邪をひかせてはいけないとの思いから、その都度布団をかけるので睡眠不足になりました。

 姪っ子は姪っ子で、インフルエンザにかかってしまったようです。先週の日曜日行われた友人の結婚式に備えて年末から仕事が終わると様々な段取りに奔走していたので、どうやら体力が落ちていたように思います。皆さまもインフルエンザにはどうかご注意を。

  風呂に入り、そのあと洗濯をするのが私の日課です。少々睡眠不足なので、それが終わればすぐ寝ることにします。

これほど情けない行動はない

  官民格差是正のため国家公務員の退職金が減額されるのを受けて、地方公務員についても減額されることになった。

  残念なのは、3月末の退職を待たずに1月で早期退職を希望される方が全国で見られるようになってきた。

  メディアの情報に基づけば、勤続35年以上務めて月給約40万円の平均的教諭の場合、改定後には退職金が150万円減ることになる。だから、減額まえに姑息な手段での早期退職希望者が増えたと考えられる。

  ただし、1月末で退職すると、2月と3月の月給分が約80万円差し引かれるので、早期退職をすると、結果としてわずか約70万円減額の計算になる。

  わずか、わずか70万円の減額さえも我慢できなくて、職務放棄を試みているのだ。

  わずか、わずか、と連呼した意味は、退職金のない労働者が沢山おられるからである。その人たちのことを思うと、70万円の減額など、わずか、わずかの金額でしかない。私も退職を目前にして実際、鶴の一声で減額された経験がある。

  早期退職を希望されている方々が全国的に起きているようで、愛知県の142人を筆頭として、埼玉県の137、兵庫県90人、佐賀県52人、徳島県19人、高知県2人が伝えられている。

  教職員組合からはなんだかんだと教員を擁護する発言が飛び出しているが、とんでもないことである。このようなことをしていると、最後は国民から叱責を受けることになる。

  日本国憲法15条2項では、公務員について「全体の奉仕者」であることが明記されている。公務員としてのこの部分に対する認識さえあれば、わずか70万円程度の減額で仕事を途中で放棄することなど出来ないはずだ。

  退職を希望されている中には、警察官、教頭、学級担任等、まさに責任ある立場にある方々がこぞって退職されようとしている。公務員としての責任感と資質に欠けた行動と言わざるを得ない。これほど情けない行動はない。


ホームページの容量

  Yahoo!ジオシティーズを使ってホームページを開設した時のディスク使用容量は、1GBでした。皆さま、数字的には理解できても、どの程度になるのか想像がつかないかもしれません。そこで、私のホームペジを訪問された方であればご理解いただけるはずですが、私が開設しているホームページがほぼ1GBの使用量になっているわけです。

  旅先の写真を見ていただければお気づきかと思いますが、北海道以外の写真が表示枠よりも若干、縮小したうえで貼り付けています。5回ほど縮小を繰り返しながらやっとの思いで、現在のサイズに落ち着いたというわけです。

  そこで、Fc2ホームペジの容量が10GBなので、そちらのほうに引っ越しをしようと考えていた矢先、つい最近になってからですが、なんと現在使っているYahoo!ジオシティーズの使用容量が10GBにアップしたのです。勿論金額は現行の月額525円です(ジオプラス)。

  現在のディスクの使用ですが、28.48MB(10GBのうち、わずか0.3%)です。

  まだ、かなりの使用容量があるわけですから、これを使わないのは、宝の持ち腐れ、ということになります。そこで今、様々なことを考えているところです。とりわけ、我が故郷について新たに枠を設けることも考えているところです。それに、日本一周の旅写真を縮小したサイズを拡大することなども考えています。更に、使っていない写真の追加もできます。

  1GBの容量が⇒10GBの容量に増量になったことで、様々な夢が広がりました。ホームページは私にとって素晴らしい勉強の機会を与えてくれています。



ホームページの引っ越し

  ホームページの作成・転送したのが、WindowsVistaでした。そのパソコンのキーボード上に甥っ子がジュースをこぼし、そのあと文字入力ができなくなりました。二回目になります。

  一回目の時は修理をしたのですが、けっこうな修理費がかかったこともあり、今回は考えた末、新しいパソコンを買い替えたのです。それが昨年のことです。

  ところが、新しいパソコン上には作成した原本がないため、故障したパソコンからサイトをバックアップしたあと新しいパソコン上に読み込ませました。

  当初は、安易な考えで、これでホームページの修正ができると勘違いをしていたのです。そのため新しいパソコンから再度サイトの転送をする必要があります。

  ところが旧パソコン上からサイト転送をしているので、一度、サイトを削除する必要があります。この段取りについて当初、理解できなかったのでしばらく放置したままでした。そのためホームページの修正ができないまま今日に至ったわけです。

  私のホームページの転送先プロバイダーは、「Yahoo!ジオシティーズ」です。一カ月525円が必要です。ここには私の細部にわたる情報が記録されているので、ほとんどのことが分かります。ただ、電話相談ができないのが難点で、そのため何事も自分で解決するしかありません。

  そこで昨日は思い切って、開設してあるホームページを削除し(一時3時間ほど閉鎖)、再度、転送手続きをやり直しました。やっと引っ越しの完了です。これで修正が可能になりました。

  明日は、容量について書き込むことにいたします。


戦時下でもあるまいし

  大阪市立桜宮高等学校体育系2科の入試中止の方針が決定された。その内容については報道で伝えられたとおりである。

  この問題につては、当然、賛否両論の意見がある。というか、なかには社説を通じて橋下市長の方針に異議を唱える記事さえ見られた。それは、入試を志している学生の心情を思からに他ならないからだろう。

  ところが、その一方で桜宮高校指導者(先生)による体罰が日常化しているたことをメディアを通じて知れば知るほど、やはりこの学校のあり方に疑問を持たざるを得ない。もはや、校長の権限で修復できない状態に陥っていたようにも思える。要するに、指導者(先生)の“暴走指導”を誰もが止められない状態になっていたのだ。その結果がこのたび起きた「尊い命を自らが絶ってしまった」これがすべての答えといえる。絶対に同じことを繰り返してはならない。

  戦時下であれば士気を高めるためあったであろう体罰が、現代の教育現場においても、結果を出せない生徒に問答無用で繰り返されてきたわけである。以前にもバスケット部員が鼻血が出るほどのビンタを繰り返し行われたことが、当時の生徒の母親が語っている様子が伝えられていた。その言葉の中で、あのときもっとなんとかすればよかった、とも語っていた。

  指導者(先生)による学生に対する体罰に、生徒・保護者、校長までもが異議を唱えることができない構図になっているのだ。

  このことを知るにつけ、やはり教育指導者としてあるべき姿でないことは確だ。このことを思うと、このたび受験を目指そうとしている生徒のことだけを捉えることなく、長いスタンスでの学校運営の在り方を考えと、橋下市長の主張や教育委員が決断された方針が正しかったと思える。




円安に悲鳴

  仕事に出かけるときは車です。というのか、どこに行くにしても車がなくては、行動しにくいというのが実態です。ま、贅沢になってしまった、と言えばそれまでですが。

  昨年、四国で同窓会があったわけですが、その時は私が「自転車で四国まで来ると思ったよ」と冗談交じりに言われたものです。確かに私一人であれば、自転車でも十分生活が成り立ちます。

  でも、そばに車があると、どうしてもそれをあてにするものです。人間は、いちど贅沢な生活になれると、そこから抜け出せないものです。

  車に乗れば当然ガソリンが必要です。そのガソリンが141円余りの表示価格になっています。このままだと、150円なってしまう恐れさえあります。

  過激な円安を求めるあまりに、陰で笑う人もあれば、私のように悲鳴を上げている人も多いはずです。140円台のガソリン価格はあまりにも高すぎます。

  円安になると、困ることも多々あるわけです。ほどほどのところで安定させていただきたいものですね。

クマ

  自転車で日本一周するうえで最も警戒したのが、クマの存在でした。とりわけ北海道走行に入ると「クマの出没注意」なる看板を目にします。なんとも居心地の悪さを感じたものです。

  実際、地元の新聞でも放牧中の子牛がクマに襲われて死んだことが報じられていました。北海道でも日本海側と知床半島になると、クマの存在をひしひしと感じたものです。

  「そのてん南大阪や和歌山県なんて、どこの山へ入り込もうともクマの心配がない」なんて思っていたのですが、どうやら大きな錯覚であることに気付かされました。

  昨夜のニュースのなかで和歌山県有田川町の山林でクマ(ツキノワクマ)が捕獲されたことを知ったからです。捕獲されたクマは麻酔で眠らされたあと、深い山へ戻されているところが伝えられていました。

  和歌山県は寒冷地とは違うので、どうやらクマも冬眠をしないようです。それにしても、和歌山県内にクマが生息していたとは驚きました。


今年も驚かされた芥川賞

  一昨年の芥川賞は元フリーターの西村氏、昨年が元ニートで職歴なしの田中氏、このご両人の過去を知るにつけずいぶん驚かされたものである。なぜなら、たとえ有名大学を卒業されていても受賞できない方もおられるからである。

  二年連続で驚いたわけだが今年の芥川賞もまた驚かされた。過去のお二人とは異なるものの、今回は75歳の黒田夏子さんが受賞されたのである。

  この方、小説を書くことに執念を持ち続けるあまりに、生涯独身を貫き通されているようだ(私も生涯独身なので、こればかりはなんだかんだとは言えないが)。その執念がやっと実ったということである。だからすごい。

  唯一の欲望は、「書くこと」だとも言い切っていた。このことが生涯独身を貫き通させたのだ。わからないでもない。

  この方、携帯電話さえ持っていないらしい。唯一の連絡手段はハガキであることも打ち明けていた。

  信念を持ち続ければ、ほぼどのようなことでもなせる。ただし、“根拠のない自信”を持ち続けることが大切である。

  それにしても、今年もまた驚かされた芥川賞であった。今回も直木賞も含めて文藝春秋に掲載されるはずだから、これを買って読むつもりだ。





せせらぎを耳にしながら

先日の雪で首都圏の高速道路が、完全にマヒ状態になったようですね。そのてん大阪は気楽な土地ですね。よほどのことがない限り、雪で交通がマヒすることはありません。大阪はほんとに住みやすいところですよ。

さて、今日は一昨日の悪天候と打って変わって、南大阪は、ものすごく穏やかな天候でした。そのぽかぽか陽気に誘われて、今年二回目となるウォーキングに出かけてみました。

自宅を山間部に向けて歩くと、やがて林道へと入ります。小川を流れるせせらぎを耳にしながらの散歩道もあります。私の最も好きなコースです。その時の気分で、道端に座り込み、なにも考えることなく、周辺の緑をぼ~と見つめるだけの時もあります。

軽登山と違って、ウォーキングはいいですね。時間を気にすることがないですから。

$自転車で日本一周

大ボケではすまない

ここのところ朝いちばんコンビニにしげしげと足を運ぶ。これには理由があるが、そのことをまだ書くつもりはない。

今朝もいつものように近くのコンビニに歩いて出かけた。お店に入りいつものようにあいさつを交わすと、窓口のおばさまが「忘れ物ですよ」、と一声かけてきた。差し出された手元を見るとなんと、私の指名手配の免許証ではありませんか。

「忘れてましたよ」と再度言われてから、初めて我に返った。前日の夕方とあることで使うためコピーを済ませた後、そのまま置き忘れたことに気付いた。

「指名手配の写真よくわかりましね」と伝えると、笑いながら「よく来てくれるから」とのことばが返ってきた。どうやらお店の方が見つけてくれたようだ。

しかし、「あ~、よかった」と思う一方で、「大ボケではすまない、これは一大事だ!」、とも思った。まさか認知症一歩手前とは考えたくはないが、そこで思ったのが、どのようなことでも一つひとつ意識しながら行動をする必要があると、しきりに反省をさせられた朝いちばんであった。



心の時計

  前々回のブログで、「時間の進むスピードは老若関係ないですね。ただ、60歳を過ぎると、同じ時間の進み方でも、やたらと早く感じるものです。私だけなのかな?」と、我が思いを綴りました。

  ところで、その日の朝日新聞の朝刊・天声人語の中で、「年を重ねると、月日の流れがどんどん早くなる。楽しい時が駆け足なのは常としても、退屈な時間まで大股である。ものの本によれば『心の時計』のせいらしい▼子どもには未来の行事や出来事が次々と訪れ、心の時は細かく刻まれる。だから時間がゆっくり進むように感じる。大人になると胸躍るイベントが減り、加齢で代謝も鈍り、心の時計は緩慢になる。つまり実際の時の流れを早く感じる、というわけだ」と記されていた。

  いや、それにしても同日、時間の進むスピードが速い、と取り上げたばかりの後で、このような記事を目にして、私は、ややショックを受けました。大人になると胸躍るイベントが減り、加齢で大謝も鈍り、心の時計は緩慢になる。だから、時間の進むのが早く感じるというわけなのだろうか。

  よしてよ、と思う一方で、たしかに子どものように行事(イベント)がないことは事実です。そのことで心の時計が緩慢になっているとするならば、やはり、なにか工夫をしなければなりません。

  心を時計を早くするも遅くするも自身の工夫次第であれば、工夫してみよう。

書くことの大切さ

  昨日の続きです。

  私がブログをやめることのできないその答えは、書くことが大切であると感じているからです。

  これまで生きてきた私の経験をもとにして伝えたいことがあるとすれば、書くことの重要性です。人間が生きていくうえで、最も必要とされるのが書くことだと思っています。このことを疎かにするとかなり損をすることは間違いありません。

  書くことは職務上で必要としなくても、住まいが賃貸でない限り新興住宅の場合は、一般的には「自治会」が存在するわけですから、たとえば書記の役割が回ってくると回覧の作成など様々な文章を書くことが求められます。当然、必要に応じて市やその他の機関への「要望書」作成が必要となることさえあります。

  現在の私の住まいは賃貸であり、ましてや一線を退いているわけですから、本来は気楽に暮らせばいいわけです。それでも書くことをやめないのは、書く・読む(音読)ことが必要だとの思いに変化がないからです。だからブログが止められなわけです。それでも、いまだ文章は意味不明、おまけに誤字があったりの繰り返しです。

  以前、新聞を通じてでしたが、記者の方がペン先を一日止めると文書力が鈍ることを書き留めていたことを思い出します。プロの方でもそれです。ましてや素人の私ではなおさらのことです。

  どのようなことでもよい、とにかく頑張ってブログを通じて書き続けたいものです。何歳になっても書くことの大切さを痛感しているところです。でも、目標があるので、いつまで続けられるか不安です。

  ちなみに、私の手元にあるのは、「朝日新聞の用語の手びき」です。かなり貴重な本です。


生きてきたことの証

  時間の進むスピードは老若関係ないですね。ただ、60歳を過ぎると、同じ時間の進み方でも、やたらと早く感じるものです。私だけなのかな?

  更に年齢を重ねてくると焦るのが、東国原氏が宮崎県知事に立候補する時に発した「どげんかせんといかん」のことばが、まさに私の今の心境そのものなのです。つまり、自身が「生きてきたことの証」をしっかり残したい、そのためには「どげんかせんといかん」の心境なのです。

  そこで、すでに綴った「挑戦」についてですが、いま試行錯誤に暮れているところです。課題はいかにしてお金をかけずに独学で達成できるかです。行政書士を勉強するには、一冊3000円余りが必要です。それが数冊は必要となるわけです。

  すべてについてこの難題をいかにして克服できるのかについて、今、一生懸命知恵を絞っているところです。そのきっかけを少しつかみかけようとしているところです。

 行政書士は当然、法律知識が必要となってきます。これについても全く苦にしていません。なぜなら、これまで生きてきた過程で、いかに法律知識が必要であるかについて痛感していたからです。なので、専門知識を勉強するのはよい機会だと思いっています。

  粘り強いことがとりえの私ですから、この持前をいかして、たとえ何年かかろうとも達成しなければの心境です。

 そこでネックとなるのが、今、続けているブログです。これまでもそろそろやめようかな、と幾度となく思いつつも、とにかくのらりくらりとここまで綴り続けてきました。いずれにしても、今の私には両立させるだけのパワーがありません。

  ブログを閉鎖しようか、と思う一方で、しかしここまでせっせと綴りつけてきたものを一瞬にして消し去るのは少々忍びない、との相反するジレンマに陥っているところです。

 しかし、それでもブログがやめられません。その理由について、更に次回綴ってみたいと思います。





自己責任(いとこの死で思うこと)

  昨日の続きです。

  私といとこの年齢はかなり離れていて、16歳ほどの差がありました。私の家によく来てくれたものです。目をくりっとさせて兄の名前を呼ぶ姿は、愛くるしいものでした。そのいとこが“親の不注意により”3歳で亡くなったわけです。

  野井戸は、田んぼ入り口の片隅にあり、直径60センチ余りのものだったように思います。構造は、地下水が自然に溜まるようにするため石を積みあげたものでした。井戸の高さは平面なので、子供がいとも簡単に井戸に落ちてしまう危険性な構造でした。

  3歳で生涯を閉じたいとこですが、叔母は息子の死について、その責任の一端を決して井戸の地主に問うことはしませんでした。責任のすべてが親にあったことを理解していたからだと思います。

  今の時代であれば、当然、民家に近いところに野井戸があったわけですから、井戸にふたもしないことに対する管理責任が問われても仕方のない状況でした。

  翻って世の中の出来事や動きを見ていると、幼い子供の行動に対する親の放任主義がやたらと目につき、知ることができます。

 具体的には、駐車場で乗下車する際の子供の行動です。幼い子供が親よりも先に車から離れたり車に駆け込む姿を目にします。非常に危険な行動です。駐車場では、親が子供の手をしっかり捕まえておくことが必要です。これは、親として子供の命を守ってあげるための当然の行為なのです。それをしない親の多さに驚きます。

  もうひとつ気になるのが、夏休中に学校のプールで起こる死亡事故です。一般的に学校のプールには、市が委託した監視員が就いています。だから親は、監視員がついているから安心、とつい錯覚をしているようです。つまり、泳ぎのできない低学年の子供を付き添いもなく平気で行かせる行為です。その結果、夏になると、プールでの死亡事故が起きています。

  すごく厳しい意見になりますが、泳ぎのできない低学年の子供を親の付き添いなくして他人任せにするのは、非常に危険な行為です。だから万が一、死亡事故が起きた後で、その責任を管理者に問うのは、個人的な意見としてはあまり賛成できません。

  深いプールのあることが分かっていながら大切な我が子を他人任せにするともろに、親としての大きな過ちがあるからです。

  こどもの命は親が守ってあげなくてはなりません。これは、決して過保護でもありませんし、溺愛でもありません。親として子供の命を守ってあげるための当然の行為なのです。

  何でもかんでも、他人の責任にする風潮が見られる世の中になってきたことに気づきます。世の中が複雑になってきたことは理解しますが、自己責任のあることも決して忘れていけないはずです。これがいとこの死で感じたことです。



いとこの死で思うこと(1)

  私がまだ若いころ、いとこ(従弟)が3歳で亡くなりました。病気ではありません。当時、住まいの少し離れに田んぼがあり、そのそばに野井戸があったわけですがそこに落ちて死んでしまったわけです。

  母親(叔母)が家事をしているそのちょっと目を離したそのすきに、幼いいとこは家を出たあと魔の野井戸へと向かったわけです。

  子供のことですから、水を見れば当然、興味を持つはずです。当時まだ幼いいとこですから想像するには、井戸のそばでかがみこみ、そばにある何かを手にとっては井戸に入れてみるなどしているうちに、一瞬にして入り込んでしまったものと思われます。

  この時、息子の姿が見えなくなった叔母ですが、周辺を捜したもののその姿が見当たりません。慌てた叔母はすぐ行方不明になったことを警察へも届けました。このあと、警察もすぐ動いたもののその姿を見届けることができません。一時は誘拐されたのでわ、とのことさへも考えられたほどでした。

  この時私も近くにあった野井戸が気になりすぐ駆けつけたものの、その姿を見ることができませんでした。というのか、この時にはすでに、幼いいとこは野井戸に沈んでいたのですよね。でも、まさか井戸に沈み込んでいるとは、当時の私には想像もできませんでした。

  大騒ぎになってからどのくらの時間が経っていたのでしょうか。親戚の方が野井戸のそばにあった竹さおで井戸をかき回していると何かが当たっている感触に気付いたらしくて、それが井戸に沈み込んでいた幼いいとこだったのです。

  野井戸から引き上げたものの、すでに死んでいました。どうやら井戸に入った瞬間、ショック死されたようです。

  さて、私が言おうとしているのは、実はここからなんです。長くなりますので次回にしたいと思います。






人間の愚かさ

  一匹のシカが氷結した湖の上で孤立。そこから抜け出すためシカが立ち上がろうとするものの、氷上なのでいくらもがいても、滑って立ち上がることができない。シカは同じ行動を繰り返すばかり。

  これはつい先日、米国内であったことがニュース番組の中で伝えられていたものである。

  連絡を受けたレスキュー隊・数名が救助に駆けつけ何とかシカを救出したものの、氷上で痛めた筋肉(足)ではもはやシカが自力で生き抜くことはできない、と診断されたらしくて結局、安楽死の道が選択させられたことも付け加えられていた。

  この種の救出劇は、犬にしろよく目にする光景である。生あるものが生死をさまよっているときは、救助することは当然のことと言える。

  ただ私はこの種の救出劇を見るたびに思うのが、「人間とはなんとも愚かな動物なのか」、ということである。

  シカ一匹の命を救うため懸命な救助活動が行われる一方で、内戦や戦争が世界のどこかで繰り返されている。そのことで多くの尊い人命が奪われる。シカの生命も尊いが、それ以上に人間の生命が尊いことは言うまでもない。

  相反する人間の行動を見るにつけ、人間の愚かさを痛感するのである。



毛の抜けたタヌキ

  南大阪は月曜日以降、穏やかな晴天が続いています。そこで昨日は、昨年7月以来のウォーキングに出かけました。

  途中、タヌキの群れ(5匹)に出くわしたので立ち止まりよく見ると、首から尾っぽまでの背中の中央に僅かに毛が見られるだけで、皮膚が丸出しでほぼつるつるです。毛の抜けた五匹のタヌキですが、病気なんでしょうね。

  人間であればこのような異常が見られると病院を伺うはずですが、タヌキではそれもできません。自然界で生き抜くことがいかに大変なことであるのか、ひしひしと感じたものです。もしかするとこのタヌキたち、病気と寒さで共倒れになるかもしれません。

  五匹のタヌキは、天気も良かったこともあり、私が近くで立ち止まってもその場を立ち去ることもしません。毛がないので、ぽかぽか陽気がよほど気に入ってたのでしょうか。

再会の誘い

  尊敬する先輩から年賀状を通じて、「・・・。お酒の練習をしてしておい下さい」との再会の添え書きでした。

 すごく嬉しかったですね。全くお酒が飲めなかった私ですが、在職中、度重なる飲み会に出席を繰り返すうちに、今では中ジョッキのビールが飲めるほどになってしまいました。しかし、これはあくまでも付き合いでのお話です。自ら飲もうなんてつもりはありません。

  ただ、お酒の飲めない男は、ほんとにつまらないですね。我ながらそんなふうに思うのです。ま、いいか。そのかわり天国に上った時は、これでもかとばかりにお酒を飲んでやろう。そして、だれかれとなくお酒に誘ってあげよう。迷惑だろうな、酒癖の悪のが来た、と皆どこかにずらかる姿が目に見えるようです。

 とりあえず、再会を楽しみにしている私です。



蛇の夢

  蛇の夢をよく見る私です。昨年も11月末から12月暮にかけて、なんと三回も蛇の夢を見てしまいました。それがいずれも三匹も出たわけです。

 そのつど妹に言われることですが、「誰にも言わず宝くじを買いなさい」と。しかし、馬鹿な私は、その忠告を守らず必ず妹には告げるが、宝くじを買う意思がありません。

  さすがに、妹が昨年暮れ、宝くじを私に買ってくれました。その宝くじをある所へ置いたままで、いまだに確認をしていません。ま、間違いでも当たるはずがありません。いつまで寝かせておこうかな。

 それにしても、どうしてこれほどまでも蛇の夢を見るのか不思議でなりません。ちなみに、私はネズミ年なので蛇は苦手です。いや、だから蛇が絡んでくるのかもしれません。


ブログタイトル

  「自転車で日本一周」のブログタイトルを変えようと思っているのですが、なかなか実行できません。

 行動に移せない理由ですが、「自転車で日本一周」と「自転車で日本一周の旅」のホームページ検索とブログを連動させているためです。

  それでもやはり、私の日々綴っているブログ内容とタイトルには大きな相違があります。ホームページを開設するまではそれでもよかったのですが、やはりタイトルを変える必要があると痛感しているところです。

 ただ、昨年の夏は自転車で高野山へ向かう予定でしたが実現できなかったので、今年はなんとか目指したいものです。そしてブロブに綴ることができればと思っているところです。それこ、ここしばらく歩いていないので、これも再開しなければなりません。

日本の右傾化の心配をする必要はない

  石原氏が現職の時、尖閣諸島を東京都が買うことを米国のメディアの場で公言したあたりから、日本の右傾化への警戒する声が聞こえてきだした。

 火に油を注ぐかのようにここで安部首相が誕生するころになると、更に中国や韓国のメディアをはじめとして米国の一部著名人までもが日本の右翼化に対する警戒する声が顕著化してきた。

  日本の右傾化について過去の忌まわしい出来事があったからに他ならないが、当時と今の日本では国民の成熟度が比較にならないほど違いがある。それはメディアを通じてみれば分かるはずだが、どこかの国のように言論に対する制約がまったくないので、相手が首相であろうとも間違いについてはあからさまな批判をすることもできる。

 その一方で、阪神・淡路大震災や東日本大震災のような混乱の中にあっても成熟した大人の行動がとれたことは、全世界の人々の認めたところである。

  このようなことから、日本が右傾化しているとのことは、心配ご無用で指摘には的を得ていない。そのように思わせているその責任は中国や韓国にあるだけのこと。日本固有の領土であることにたいして「日本の領土だ!」と日本人が声高らかにして訴えるのは当然のこと。そのことをして日本は右傾化の傾向がある、と考えるのは早計な判断と言える。

 日本国有の領土を韓国に強引に奪われ、その島には機関銃のようなものを持つ軍人が物々しい様相で警備している様子がメディアを通じてうかがい知ることができる。中国に至っては、尖閣諸島以外の日本の領土さえも中国の領土にしようとさえする不吉な企みを持つことをメディアを通じて知ることができる。双方の行動のほうがよほど危険といえる。

  改めて記するが、日本は成熟した国民である。その日本を指して右傾化の心配をされる筋合いはない。





やっとスマホが手元に

 やっと、スマホが手元に届きました。

  スマホ、どこに隠れたんだ・・・ずいぶん探しました。もしやごみの中に?との思いもあるのですが後の祭り。

 2日、ドコモのお店で手続きを済ませ、昨日の午前中にはサービスセンターから新しいスマホが届きました。対応が実に早いですね。それにしても、携帯補償をしていてよかった、と思いました。

  とろこが、サービッセンターからスマホが直接私の手元に届くわけですから、当然、初期設定を自分でする必要があります。パンフレットが入っているものの何の役にも立ちません。頭が痛い、手続きを踏んでいるはずが、どうしても「次へ」の画面へと進んでくれません。

 時間ロスを防ぐため、すぐドコモのお店へ。もっと簡単にできると思っていたものの、そばで見ていると、若いお兄さまの指が複雑に動くのが見て取れます。これはダメだ、と思いましたね。

  それにしてもドコモのお店が年末年始に関係なく営業してくれていたので助かりました。幸い登録電話もすべて元の状態になりました。

 30日の夜から3日の昼過ぎまで電話なしで過ごしたわけですが、ほんとに不便ですね。自分だけ孤立した状態になります。固定電話を外しているので、携帯なしではやっていかれないですよ。スマホが届くときは、なんだか携帯電話を初めて手に入れたときと同じ嬉しさになりました。大切にしなければ。

年末に最後の失態

  12月30日、スマホを紛失させてしまいました。

 いくら探しても見当たらないので、31日ドコモへ出向きました。そのとき、以前のスマホが眠ったままだったので、それを使ってやろう持参したのですが。

  とりあえず通信を遮断するためのお願いをしました。そのとき担当者が「GPSで位置確認をしてみます」と伝えてくれたので、もしやわかるのでわ、と淡い期待を抱いたのですが、そのあと「GPSを機能を切りましたか」との問いかけです。でも私には、その記憶が全くありません。この瞬間、すべてが終わりました。

 当然チップも入ったままなので、古いスマホを使うにしてもチップ代金に二千円必要になることが分かりました。おまけに、次に買い替える時は、さらに三千円ほど必要となることも明らかになりました。一旦、そのまま帰宅しました。

  幸いスマホを買うときに補償を付けていたので、五千円+二千円(チップ代金)=七千円で同じスマホが手に入れることになりました。いずれにしても、大ボケをしたがために、損をする羽目になりました。

 だったら、という決断で、朝いちばん交番へ出かけて、ここで紛失届の手続きを済ませた後、ドコモへ行き手続きを済ませました。ポイントが少々たまっているので、結果として、6千円弱で済みました。本体が今日、届く予定になっています。

  固定電話を切ったので、スマホがなければ、ほんとに不便。年末、最後の失態をしました。



快適に使っています

  これまでは、ソフトバンクのスティック(差し込み)式のデーター通信(005HW)を使ってきました。ところが、ソフトバンクは顧客が多いため、正午は12時、夜は9時から翌2時を過ぎるまでの時間帯になると通信が制限されるので、ネットの繋がりが極端に悪くなる傾向があります。ずいぶんストレスを感じながら利用してきました。

  しかしそれも限界。そこで昨年暮れ間近にしてイー・モバイルのデータ通信・Wi-Fiルーターに切り替えました。使ってみての感想ですが、ネットの繋がり方が全然違います。ストレスが解消されました。

 とりわけユーチューブの動画を開くと、途中で止まってしまうことが当たり前でした。勿論。私のホームページを開けようとしても同じことが起こります。それが、Wi-Fiにしてからは、そのイライラがなくなりました。

  Wi-Fiの利点は、10台まで同時接続が可能なことです。具体的には、PC、スマホ、タブレットを同時に使えることです。ということは、いずれタブレットを手に入れることができれば、ネットを通じて本を買い読むこともできます。それに近い将来、現在中断している新聞購読についてもネットを通じて読むようにすればよい、とも考えているところです。そうすればタブレットを通じて、旅先のどこからでも手軽に快適なネットを楽しむことができます。

 このように考えてると、様々な夢が際限なく広がってきます。素晴らしい時代に生きていることを実感しています。

  Wi-Fiはいいですね。どこででもPCが使えるよ。ネットを快適に使っています。




数年ぶりの初詣

  新年あけましておめでとうございます。

  平成24年は、なんとも永田町界隈が騒々しい年でした。今年は参議院選挙ですね。どうでもいいけど、国民の期待に応えるような仕事(国会運営)をしていただきたいものです。

  今日の私は数年ぶりの初詣に行ってきました。とにかく人・人・人で思うように歩けないほどの混雑ぶりでした。健康であることをお願いしておきました。