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増本世志夫

Author:増本世志夫
写真は、和歌山県内にある「紀伊日ノ御埼燈台」です。
定年後、日々余裕ができたのでアメブロを始めたのですが、平成25年9月15日、当ブログに引っ越しをしました。思いつくままに綴っているところです。
 右サイドバー、リンク上段の「自転車で日本一周の旅」は私のホームページです。

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今年もありがとう

今年もいよいよカウントダウンに入りました。振り返ってみると、なんとも一年の過ぎるのが早いものかと実感します。

私にとって平成25年は、というよりも、「一年を大切にして、なんとかせんといかん」そのような心境です。

さて、今年ものらりくらりのブログ更新でしたが、なんとか一年続けることができました。でも、ブログについて確たる信念のある限り、まだこつこつと綴り続けることができるはずです。

今年もブログをご訪問してくださったことに、心からお礼を申し上げます。また来年もぜひよろしくお願いいたします。

2013年が皆様方にとって素晴らしい年であることをお祈りいたします。

今年もありがとう。



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下呂温泉合掌村

一昨日に引き続き下呂温泉、旅の続きです。今日は宿のことは抜きにして下呂温泉市街地の少し離れにある合掌村の写真を張り付けることにしました。

朝起きると町全体がうっすらとした雪化粧に覆われています。しかし、それもしばらくすると正午まで小雨が降り続きます。観光客にとっては最悪のコンディションです。

合掌村までは、宿からタクシーで移動です。吐き出す息が白くなるほどの冷え込みでした。合掌村にある旧大戸屋住宅(国指定重要有形民俗文化財)を見学するために家に入ったものの、寒さに長くは見学できないほどでした。建物の中には、昔の生活を知るに必要な貴重な展示品が備えられていました。今があるのは先人たちの苦労が礎となっているんですね。ほんとに昔の人は苦労をしています。すごいよ。

寒さから逃れるため、途中見つけた「陶芸体験工房」へ入り込みました。ここで甥っ子がコップに図柄を書き込むのに1時間あまり座り込みました。陶芸家の先生は高山から通勤をされているようで、この日は15センチの積雪であったことをお話から知ることができました。やはり高山は寒いんだ。けっこう有名な陶芸家のようですよ。

過去私は白川郷へ出向いたこともありますが、どうやらそこからも移築されたうえで、この地に10棟からなる合掌造りが再現されているようです。それにしても合掌造りに雪が降ると、その風景はより一層調和されますね。雨でなく、もっと降ればよかったのに、とつい心の中でそう思う私でした。無責任なことを言ってると叱られるか。

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陶芸体験工房です。ここで1時間あまりも休憩をしました。


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下呂温泉への道すがら

21日でしたがバスで下呂温泉へ出かけました。渋滞に巻き込まれなければですが、大阪から下呂温泉まで5時間程度で行き着くことができます。意外と近いものです。

途中、下呂温泉手前にある「白川園七宗御殿」で昼食を済ませると、やがてバスは、渓谷を縫うように通る国道41号線を走ります。元来、田舎暮らしを夢見る私ですから車窓から見える道すがらの風景に「こんなとこいいな」と目を凝らせたものです。

この日の下呂市内は雪が全く見られなかったものの、朝起きて窓から外をのぞくと、なんとうっすらとですが雪景色になっているではありませんか。南大阪では、一冬を通しても雪をほとんど見かけることがありません。なので雪景色は好きですね。でも、その地で暮らす市民は大変なのでしょう。まことに無責任な感想でした。

次は、下呂市内の少し場末にある合掌村の写真を張り付けてみます。



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さすがに伊吹山の頂には雪が見られました。



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白川園七宗御殿です。ここで昼食です。


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暮らすには、こういうところがいいですね。



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国道41号線、険しい渓谷を走ります。



宿からの更新

ちょとした旅をしています。なので宿からの更新です。

とにかく食べ過ぎて、お腹が満腹です。私のお腹は、まるでヘビが卵を丸飲みした状態です。苦しいですね。

細かな書き込みは、帰宅後にしたいと思います。






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イー・モバイルに変更

一年余り使ってきたソフトバンクのデータ通信・「005HW」。この間、かなりのストレスを感じながらも使ってきた。

さすがに我慢の限界を感じ、このたびデータ通信・イー・モバイル(Wifi/GL04P)への変更手続きを済ませた。

通信速度にかなりの違いがあるので、今度はストレスを感じることなく使えるものと期待をしている。一週間程度で手元に届くはずだ。

スマホの動きについてもやや遅さを感じる部分があるので、イーモバイル通信を使えばこれも解消することになるだろう。使い勝手につては、また感想を述べることにしたい。

原発について書きたいことが沢山ある

衆院総選挙の結果は、自公の完全勝利で終わりました。原発について、多くの国民があれだけ反対していたはずなのに、いざふたを開けてみると、その声が一切届かずじまいで終わりました。個人的には、やはりこの国はおかしい! としか思えません。

使用済み核燃料がこれ以上、国内で処理ができない現実を突き付けられているのに、なんだか他人事のようです。

原発について書きたいことが沢山あります。

米国の後ろ盾がある限り

尖閣諸島をめぐって中国の動きに変化が現れてきた。ご存知のようにこれまでの中国は、海洋監視船などを日本の接続水域に入ることを繰り返してきた。その動きに日本の海上保巡視船が警告を発することで、領海外に立ち去るなどの、いたちごっこのような繰り返しが続いてきた。

ところが、今月の13日に突然、中国国家海洋局の航空機が尖閣諸島の日本領空を侵犯させる行動に出た。これに対して日本は、戦闘機をスクランブルさせることで、相手への警告を発した。

いかなる国でも許可なく他国領空域へ飛行機を侵入させれば、当然、侵犯された国は戦闘機を出すことになる。当然の行為と言える。過去をさかのぼれば、ソビエト(ロシア)領空へ誤って侵入した韓国の旅客機がソビエト戦闘機から攻撃を受けて撃墜させた歴史がある。他国の領域を許可なく侵犯するのは、それほど恐ろしいことでもある。

ただ心配するのが、今回、日本側が戦闘機をスクランブルさせたことで、中国もこのことを一つの口実にして、自国の戦闘機を使う手段に打って出ることが予想される。こうなると、両国にとって最悪のシナリオへとに進むことになる。

そもそも、日中国交正常化のとき、尖閣諸島については、双方による「棚上げ」論による暗黙の了解で今日へと至った経緯があったわけだから、それに火をつけたのは、日本側に責任があるともいえる。

「日中平和友好条約」の条文の要旨には「主権・領土の相互尊重、相互不可侵、相互内政干渉」等が記述されている。このことをしても、中国も尖閣諸島は我が領土と主張している以上、日本の動きには少々横暴さがあったのではないか。

中国は領土問題の主張を日ごとに激しさを増してきた。中国の領土問題に対する日本側への圧力に対して、つい先日、米国務省・ベントレル報道部長が「尖閣は日米安保適用範囲」であることを中国に伝えたことが公式の場で発表した。

日本にとって最後の頼みは、米国である。いざというときは日米安保条約に基づき、米国はちゅうちょすることなく行動する旨のメッセージを中国側に伝えておく必要がある。日本にとって米国の後ろ盾がある限り大丈夫と言える。





三つの条件があればいい

「金融円滑化法」の期限が、2013年で切れる。このことで起きる問題が中小企業の倒産である。個人についても、すでに支払い不能に陥る人が増えているようだ。

金融円滑化法とは、銀行が融資先である中所企業などから月々の返済負担の軽減(元本や利息の返済猶予などの貸付条件の変更)を要請された場合「できる限りそれに応じるよう努力すべし」とされている。

ところが個人でいえば、家を購入したものの、その後、会社が倒産したため月々の返済ができなくなり銀行の窓口で相談。その結果、銀行の理解あるこの制度を利用できたので「やれやと」と思っていたものの、この制度が翌年の3月で期限切れとなるので、家を買った人につては支払い不能に陥るため購入した自宅を手放さざるを得なくなった人が増えているという。それでも、購入した財産が処分できたとしても、銀行への負債だけがまだ残ってしまう。

ダメであれば、たとえ買った家であっても、さっさと手放せばいい。あとはたとえ細々であってもいい、賃貸住宅へと移ればいい。

世の中、お金や家があるから幸せなんて断言できない。明日になればなにが起こるか誰にもわからない。自転車で日本一周のホームページの旅行記でも触れているが、道の駅に車を止め、そこを住居にされている方さえおられる。価値観の問題である。

私は思うのだが生きるために必要な「健康である、寝るところがある、飯が食える」の三条件さえ揃っていれば十分だと思っている。



のらりくらりのブログ更新

寒かったここ数日でしたが、やっと寒波も去りました。南大阪は、昨日、今日と無風状態で穏やかな天気です。でも夜には下り坂(雨)になるそうですが。

今年もあと僅かで終わりですね。年末に向けて年賀状の作成やら大掃除と、なんとなく忙しくなります。

今年もあとわずかというそのとき、北朝鮮の発射した長距離弾道ミサイルに世界各国がてんやわんやの大騒ぎ。でも、物事がここまで進展してしまうと、なるようにしかならない、というのが現実です。

ミサイルのことはどうにもならないけれども、私の最近のブログに対する姿勢も、かなり緩慢であります。ま、何とかのらりくらりのブログ更新を続けることにします。

除草

今日もまだ寒いですね。北陸や東北、それ以上に北海道は寒いわけでしょうから。それを私は、本気で北海道移住を考えていたわけです。ほんとに恐ろしいことを考えていたものです。

さて、ながい余談はさておいて、前々回ブログの続きになりますが、今日は除草中の写真を貼り付けてみたいと思います。

双方の根が網の目以上に複雑に絡み合っているので、スコップを真上から入れようとしてもなかなか入りません。








小さい草も、またそれなりに面倒です。




根を取る必要があるので、大変です。








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解決してほんとによかった

深夜勤務のあったつい先日、TBSテレビが未解決事件の情報提供を呼びかけるための番組をたまたま見ることが出来た。

そのなかの一件の事件につて、当然、多くの方もご存知と思うのだが、あまりにも悲惨さを感じたので取り上げてみたい。それは2009年5月1日の夜、愛知県蟹江町で起きた殺傷事件である。

犯人逮捕の供述から明らかになったものだが、玄関が少し開いていた無施錠の玄関から入った犯人は、母親と次男を殺害後、さらに深夜帰宅した三男の首を刺したあと、なんと15時間も現場に居座っていたのだ。

翌朝、無断欠勤状態の会社が不審に思い二人の同僚が被害者宅を訪問。その後、警察へ通報するとともに双方が被害者宅を訪れたところ、まず負傷した三男が家から出てきた。このあとすぐ警察官が玄関を覗くと玄関座敷に居座る犯人を目撃をしたものの、これをもう一人の被害者と勘違した警察官は「大丈夫ですか」と犯人に声を欠けた後、一旦外に出てから本署に無線連絡をしている間に犯人にみすみす逃走されたわけである。

未解決のこの事件をTBSが取り上げた数日後、なんと昨日の新聞紙面に、犯人と思われる中国籍の男性容疑者が逮捕されたことが報じられていた。

それにしても、過去の事件を振り返ってみても分かるのだが、どうも中国人の起こす事件は荒っぽさを感じる。人間の一人や二人の命なんて、なんとも思ていないから怖い。

事件後も三男は、行くところがないので、との理由から事件の起きた自宅で生活を続けていたので、個人的にはすごく心配をした。それは犯人が再び忍び込むのではないかとの思いがあったからである。

起きた事件を元に戻すことはできないものの、とにかく犯人が捕まり、事件が解決してほんとによかったと思えた。








除草作業が終わる

昨日でやっと除草作業が終わりました。腰痛持ちの私がよくもこれだけの草を抜いたものだと、我ながら感心をしているところです。

この後、可能であれば徐々に花を咲かせてみたいとの思いが強いのですが。ただ、そのためには市の許可を得る必要があります。本音は市の窓口に行きたくないのです。

次の写真は、除草作業まえの様子です。次は除草作業後の写真を張り付けてみます。

















種がつくので、これが最も面倒です。





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あと一日で終わりだ

南大阪の今日の天気はいまいち。随分苦労した歩道上の花壇の除草作業もあと二日で終わりなので強行作業でした。

ところで今日は作業中、散歩中のご夫妻から「ほんとはお手伝いをしなければいけないのに、なにも出来ません。いつも奇麗にして頂いてありがとうございます」といった後、温かい缶コーヒーを頂き恐縮しました。





除草作業もあと一日で終わりになりました。


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フラワー・ロード

10月後半から始めた歩道上花壇の除草作業が、あと二日で終わりそうです。

かなり苦労しましたがその間、男女お二人の方と知り合うことができました。ときにはジュースの差し入れまで頂くこともありました。

さて、お二人のうちの男性についてですが、私よりも年配になるわけですが、この方が市役所まで出向き様々なやり取りをしてくれました。その話の交渉内容について、まるで業務上の報告書のように詳細にまとめたうえで私宛に郵送してくれるほどでした。それが今日届いたというわけです。

結果についてですが、市の担当者の答弁についていまいち曖昧な部分があるので、再度市役所を訪れるとのご返事をいただきました。ほんとにありがたいことです。

この書き方だと、いったい何を話されているのかさっぱりわからないと思います。いずれ書き込みたいと思いますので今日のところはご勘弁を。

ただ一点いえることですが、「ともに町を美しくしましょう」という心意気が市の担当者に感じられないことです。この点がすごく不満であり残念なところです。場合によっては、自らが市の担当窓口へ出向く必要があるかもしれません。

再度、取り上げますが、私が自転車で北海道福島町内の国道を走行していると、歩道上にある花壇に沢山の花が咲き誇っているのが目に留まりました。一定の区域ごとに担当地区名が記された木札が花壇に立てられていました。つまり、地域住民の管理のもとで、美しい花が育てられ管理されていることが一目瞭然でした。

その美しさを忘れることができず、我が住まいの近くにも歩道上に花壇があるので、そこに沢山の花を咲かせてみたいというのが私の願いです。つまり、フラワー・ロードにすることを夢見ているところです(球根を買う費用のすべてを自費で考えているところです。少しずつですが)。でも市の担当者は、どうも「言い訳のような節回しの弁解に終始しているようなのです(この点についても後日、書き込みたいと思います)」頭が硬くて現実離れした発想しか持つことができないことが分かりました。





それは無理の概念を持たない

年が明けて4月を迎えると、定年後4年になる。約3年間は自転車に明け暮れた。これからは、ちょっと勉強に本腰を入れたい。もともと独学はお手の物で大好きだ。だから一日中、勉強に没頭していてもいやにならない。これが粘り強い私の所以(ゆえん)である。

この性格を生かすために、来年からは資格試験に挑戦することを決めた。でも決して思い付きではない。以前から考えていたことである。できれば行政書士試験に挑戦してみたい。死ぬまでには恐らくたっぷり時間があるはずだ。やってできないことはない。いつでも死ぬ覚悟はできているが、何もしないで死ぬことだけはしたくない。それに、このまま老いることだけは、まっぴらごめんだ。

人間というものは、死にもの狂いになれば、大概のことはできるはずだ。そのためには心の中で「それは無理、それはできない」との仕切りの概念を持たないことである。常に前向きな姿勢を持ち続けることである。