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baike

Author:baike
写真は、和歌山県内にある「紀伊日ノ御埼燈台」です。
定年後、日々余裕ができたのでアメブロを始めたのですが、平成25年9月15日、当ブログに引っ越しをしました。思いつくままに綴っているところです。
 右サイドバー、リンク上段の「自転車で日本一周の旅」は私のホームページです。

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一人で笑ってしまった

一昨日は、歩道上にある花壇の除草作業を。朝10時前から作業に取り掛かり、3時ころに終わることができました。

さて、その後です。帰宅後すぐワンちゃんの散歩に出かけました。除草作業をした花壇の50メートルほど手前に差し掛かると、花壇のそばに一台の軽トラックが止まりました。すると年配の男性が車から降りると、この日私が除草作業のあと整地をしたその上をなんのためらいもなく、花壇を踏み付けて横断したではありませんか。衆議院選挙の立候補者ポスター掲示板を取り付けるためです。

私は「人が苦労して整地した花壇を踏んで、何するねん」と気分が悪くなりました。ワンちゃんを連れて、その男性のそばを素通りすると、
「うわ~えらいことや。これ何や、取れへんがな」と、大声をでわめきだしたではありませんか。

私はすぐ振り向くと、なんと除草した草を花壇の中央に山積みにしていたその草に、もう一人の男性が目いっぱい触れたようです。彼のズボンには植物の種がベタ~と、これでもかとばかりにくっついているではありませんか。

相棒がそれを見て「それはとれへんわ」と相槌。すると、急いでそのまま車に乗り込みました。



これは除草作業前の状態です。




除草後、花壇の一角に盛り上げておきました。これに触れたようです。




これは除草作業後の私ですが、このように種がズボンにいっぱい付いてしまいました。こうなると種を一つずつ丁寧に取り除く以外、対処の方法がありません。こいつが付くと、お手上げだ。

一連の様子を見た意地悪な私は、「みてみ!してはアカンことをしたからや・・・」と一人でくすくす笑ってしまいました。暫らく笑いが止まらなかったものです。





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お礼

私の誕生日ブログを綴ったところ、まさかの「誕生日おめでとうございます」メッセージをいただくことになりました。この場をお借りしてお礼を申し上げます。

自転車で日本一周の時もそうでしたが、ブログを通じてお顔も分からない皆様から励ましのお言葉を頂戴したわけですが、改めてブログをしていることのありがたさを痛感しているところです。

実は自分の誕生日を、ほんとに忘れていたんですよね。「昼食を予約しているから、時間を空けといて」と聞かされても気づかない間抜けぶりでした。

皆様、メッセージほんとにありがとうございました。

カウントダウンに入った誕生日

一昨日は誕生日。でも、この年になるとなんの魅力もありません。というのか、カウントダウンに入った誕生日なんていやですね。忘れてしまいたいくらいです。

ところが、当日はそのような私の意に反して、弟や妹、それに甥っ子、姪っ子・・・等々のご招待により、昼食にお招きさせていただくことと相成りました。総勢12名がテーブルを囲み、ご馳走に。おまけにプレゼントまでいただく厚かましさ。感謝の気持ちでいっぱいですね。

世の中、いやな事件や事故、それに病気も含めてですが、よくぞこの年まで厚かましくも生きることができたものだと、神に感謝の気持ちです。世の中が複雑になればなるほど、生きていることが決して当たり前でないことを、ひしひしと感じる今日この頃です。



酒を飲んだら車に乗らない

私の住まいの隣町で二週間ほど前の早朝、ひき逃げ死亡事故がおきました。

事故を起こした当人が事故現場から逃走したため、解決するのに一週間余りかかりました。逮捕後の報道によると、加害者はお酒を飲んでの早朝帰宅時に引け逃げ事故を起こしたことが明らかになりました。

この犯人、私の知り合いが新聞配達をされているわけですが、その方の勤める某新聞販売店の店主であることも分かり、二度びっくりした次第です。

事故のたびにメディアを通じて被害者ご家族の悲痛に近い叫びを見聞するのは、実につらいものがあります。

さて、私はお酒を飲まないのでずいぶん無責任なことをお書きすることをお詫びしておきます。以前から思っていることですが、扱い方は異なるのでしょうが、お酒は覚せい剤と同等の危険性をはらむ飲み物であると思っています。それは過去、幾度となく繰り返されてきた飲酒死亡事故からも明らかです。決して他人事ではありません。

勿論、交通事故だけではありません。電車の中や歩行中に女性に触れるなどの行為で逮捕されるケースさえあり、そのあとで出ることばが「酒を飲んでいました」です。ほかにも酒ゆえの喧嘩もあります。

酒にまつわる事故や事件、はては喧嘩と取り上げればきりがないほど人々の行動に害を与えています。このことを考えると、とにかく車については飲んだら乗らないのが最大の条件のはずです。



衆院立候補した決断は正しかった

東国原氏が日本維新の会から衆院選に立候補することが新聞紙面で取り上げられていた。

東国原氏は宮崎県知事時代、宮崎県名を全国区に馳せたその功績は大きい。同時に宮崎県特産品のPRにも一役買うなど短期間で成果を残したその功績は、どなたも認めるところである。

氏は宮崎県知事立候補について劣勢を跳ね返して、見事に当選を果たした。ところが、わずか一期で知事の職を離れてしまった。それでも宮崎県民は東国原氏の貢献に感謝の気持ちが強くて、一期で投げ出したことなどどこ吹く風で理解を示した。個人的には、せめて二期は勤めたら、との気持ちが強かったのだが。

ところが、前回の東京都知事選挙に立候補。あえなく落選。国会議員に立候補するのであればまだしも、宮崎県知事の座を僅か一期で捨てたあと、東京都知事選に立候補したことに対してどうしても理解できなかった。

そしてこのたび、石原東京都知事が国政に出馬するために、東京都知事の座を辞職した。もしかすると東国原氏は東京都知事選挙に出馬するのではと思ったのだが、さすがにそれは避けた。

某雑誌が東京都知事選挙について50名の著名人に「私が支持する候補、落ちてほしい候補」のアンケートをとったところ、「ふさわしくない」の筆頭に東国原氏の名前が挙がっていたのだ。そのことを氏が理解したのかどうかは分からないが、さすがに東京都知事選挙への立候補はしなかった。

東国原氏は大阪維新の会と深い関わりを持ち続けて来た。このことを考えると仮に氏が知事選挙に立候補を表明したとするならば、これはもう風見鶏と思われても仕方がなかった。それは前回の流れがあるからだ。したがって、氏が衆院選立候補した決断は正しかったと言える。




同じ猫なのに

昨夜、深夜勤務のためいつもの時間に自宅を出ました。駐車場への移動途中の薄暗いところを歩いていると、一匹の猫が私の歩く少し前を走り去りました。付近には野良猫が多いので、きっと野良ちゃんに間違いありません。

野良ちゃんを見て私は、ふと思いました。「同じ猫として生まれても、これから寒くなるのに野良ちゃんは、外の寒さに耐えながら生きなければいけない。片や飼い猫は、温かい家の中で過ごすことができる・・・」このようなことを。

野良ちゃんは、生きるためにはどのような手段であれ、食べるものを探し求めてそれを食べて生き抜く必要があります。

猫と人間を同一視することはできないにしても、生きているということで考えると、同じ物差しで考えてみる必要があります。そのことを思うとあまり贅沢を言えないことを諭される思いがします。

「猫にえさを与えないでください」と訴える方がおられる一方で、その猫にせっせと餌を与える方がおられます。双方それなりの理由があるので非難することはできません。

いずれにしても、たまたま野良の親から生まれただけのことで、その子供は生涯、野良で生きる以外に選択の余地がありません。人間のように自分で生き方を変えることができません。飼い猫と野良猫、同じ猫なのに、生き方にずいぶん差があります。

いよいよ衆院選挙突入だ!

昨日16日、紫の袱紗(ふくさ)に包まれた解散詔書(しょうしょ)が議長に手交されると「天皇陛下の解散詔書を朗読します。日本国憲法第七条により衆議院を解散する」と宣言。なぜか全議員が恒例となっている「万歳! 万歳! 万歳!」と万歳三唱の後、全員が議場を後にした。

問題は、この後だ。民主党の議員数人が、民主党離党の動きに出た。転覆寸前の船には乗れない、と企んだのかどうかは知らないが様々な理由づけで民主党をずらかる姿を見ていると、実に情けなくなってきた。もっとひどいのは前回の選挙で自民党を非難しながら、その自民党に鞍替えする議員さえもいた。実に行状が悪い。

自民・公明についても、「国土強靭化基本法」を旗印にして、またもや税金のばらまきを試みようとしている。おまけに、原発でこれだけ恐ろしい体験をしたにもかかわらず両党にはその反省もない(サルでも反省するわ)。原発廃止の言葉を聞くことができない。国民の生命など無視だ。

政党の掲げる公約にだまされないように、なおかつ誰に一票投じるかをしっかり見定める必要がある。原発、復興、TPP、外交、雇用(経済)を中心にしてしっかり見定めよう。書けばきりがない。いよいよ選挙突入だ。



首をすげ替えか?

永田町では、衆院年内解散が囁かれている。解散を急ぐ自公、解散を渋る民主党とその他の野党。もっとも始末の悪いのが、民主党内でも解散について意見が分かれていることだ。

野田首相の胸の内は、党首間の約束もあるので年内解散の気持ちを強く感じる。しかし、年内解散に反対の立場にある民主党議員の中には、首相の首をすげ替えてでも解散阻止をたくらむ議員がいるようだ。醜い茶番劇としか言いようがない。

解散阻止をたくらむ方は、細野政策調査会長を新首相にする動きがあるようだ。そのためとは思いたくはないが、昨日の委員会での細野氏の発言には凄みを感じた。

細野政策調査会長については、前回の代表選挙の時に本人が立候補の色気を見せたものの、しぶしぶ引き下がったいきさつがある。そのときの代表選挙での輿石幹事長と細野氏や周辺議員とのやり取りについて記した。

あの時は、輿石幹事長の言葉に惑わされた細野氏の困惑ぶりをうかがい知ることができたものである。仮にこのたびまた細野政策調査会長を首相に担ぎ出すような動きになるとすれば、これはもう単に民主党の延命を目論む議員たちの醜い企みとしか思えない。

いずれにしても野田首相は強かな方であるように見受けるので、首をすげ替えようなどの動きに対しては拒絶反応を起こすことは目に見えている。つまりそのような不吉な動きを察知した時点で伝家の宝刀を使い、即、解散を告げることになるだろう。




写真編集作成ソフト

姪っ子が友人の結婚式に招待を受けることになりました。それはいいのですが友人数名を含めて様々な役割を任されることになったようです。

そこで姪っ子がいま考えているのが、挙式前に先生などから頂いたメッセージをビデオカメラに収録し、写真編集作成ソフトを使って画像に様々なメッセージを書き込むことにしたのです。完成したものを結婚披露宴の当日、見てもらうというわけです。

そこで先日、写真編集作成ソフトを購入。ところが姪っ子には仕事があるので、まず私がそれを預かり使い方を確認する役目を負うことになったのです。

一昨日は、それを解き明かすのに少しばかり時間を要しましたが、なんとか解明できたのでやれやれです。

それにしても、様々な編集作成ソフトがあるのですね。




若い子はすごい

数日、ブログ更新をさぼってしまいました。昨日は、ユニバで期間限定のゾンビを見るため出かけてみました。

ゾンビやモンスターがパーク内のメイン通りを徘徊するのが午後6時からなので、それまで各アトラクションで時間調整です。

そこで、とんでもないものに乗ってしまったのです。左右に振り回された挙句、一気に急降下するなど私は気分が悪くて終始瞼を閉じたままでした。

乗物から降りると少々頭痛がするなど、気分が悪くて歩くのもいやでした。

すると、中学生と思われる10人余りの女性集団が私をあざ笑うかのように後ろから派手な掛け声を出しながら追い越したではありませんか。

なんと彼女たちは高くステップを踏みなが一斉に「いえぃ~!!」と大きな掛け声を出しながら走り去ったではありませんか。こちらにまでその喜びが伝わってきました。

若いって、ああなんだな~と、つい我が年齢を実感したものです。それにしても若い子はすごいですね。ほんとに元気です。

まるですり鉢だ

昨日、昼食のため和食のお店に入りうどんを注文。その後、隣の席で同じくうどんを食べている方が目に付いた。

うどんを食べるその器があまりにもデカすぎるので、自然と目が釘付けになった。まるですり鉢そのもの。なんちゅう器で食べるねん!と度肝を抜かれた。

そうこうしているうちに、小生の注文したうどんがテーブルに運ばれてきた。それはお隣さんとまったく同じ器ではないか。

これまで随分うどんを食べたが、まるですり鉢のようなデカい器で食べるのは初めてのことである。

なんちゅうことをしくれるねん!と思いながらも、がむしゃらに食った。






Android携帯からの投稿

それはないやろ

昨夜、テレビ朝日の報道ステーションを見ていたところ、ぶら下がりインタビューのなかで田中真紀子文部科学相がドヤ顔で、大学新設中の申請3件について不認可にすることを伝えていた。

インタビューのなかで田中文部科学相は、既存大学について「大学の教育の質が低下してきている」ことや「資金面での運営に問題のあるところもある」ことなどを指摘していた。

大臣のこの説明を聞く限りにおいては、それはごもっとも、と思ってもみた。それは、つい最近において、某大学について文科相が「解散命令」を出したことを思うからである。

しかし、事の判断の仕方が逆転していることに気付く。それは、今回大学新設不認可となった大学は、なにも急に申請をしたわけではない。手間暇のかかる手続き、つまり、事前に定めた基準に基づく厳し審査を得たうえでの今日に至っているはずだからである。

キャンパスがほぼ完成間近なところもあり、しかも必要な教職員の確保さえもできた段階で、突然「不認可」と断言されたのでは、これまでの指導と手続き、それに着工に要した資金は、いったいどこが責任を負うのか。下手をすると裁判問題に及ぶ恐れさえもある。

しかし、このことに批判ばかりもしてはおられない。夢と希望を抱いて入学した学生が、大学側の無責任な大学運営のため、一方的に大学閉校が行われている。その犠牲になるのは学生である。大学のあり方や責任論についても当然、淘汰される時代になったといえよう。

民主党が政権をとったとき、八ッ場ダムの建設中止を宣言しながらその説明責任もなしに結局、建設着工をさせることになった。あのときの構図と同じで、このたび不認可にした大学新設についても「許可する」との判断になることは明らかだ。

大臣の判断も正しい一面もあることは確か、それでもことここまで物事が進展すると、このたび下した大臣の判断について、「それはないやろ」ということである。




出会いがあれば別れもある

最近お邪魔させていただくようになったばかりの、eg-babaさんという方のブログを拝見することができました。

ところが、突然、
お知らせ:みなさま長い間ありがとうございました。当ブログは11月9日、開設3周年をもちまして閉鎖とさせていただきます。またいつの日かお会いできる日を楽しみに・・・

なんと、ブログ閉鎖の予告をされたので、これには驚きました。

この方、とにかく知識が豊富である上に、絶妙な表現で笑いを誘うほどの文章でした。読み手を虜にしてくれたものです。私など足元にも及ばない未熟さを感じたものです。

できれば、もっと書き込んでいただきたかったものです。とても残念ですね。eg-babaさんのように少しでも、素晴らしい文章が書きたいものです。

一方、私は?、厚かましくも、もうしばらくご厄介、というのか綴らせていただく所存です。どうか皆様よろしくお願いいたします。

私がブログをこよなく愛する理由ですが、これまで生きてきた人生の答え、それは「文章を書くこと」の大切さでした。書くことは、私の永遠のテーマです。頑張っても頑張っても、こりゃだめだ!と思うばかりです。時には批判を受けながらも性懲りもなく、恥も知らず、ぬけぬけと書き続ける間抜け爺です。

ブログと言えども、出会いがあれば当然、別れもあります。残念ですが、これも現実です。そのように思ってもらえるような書き込みができるようになりたいものです。

eg-babaさんの更なるご活躍を願うものです。コメントはしてませんが、ありがとうございました。