プロフィール

増本世志夫

Author:増本世志夫
写真は、和歌山県内にある「紀伊日ノ御埼燈台」です。
定年後、日々余裕ができたのでアメブロを始めたのですが、平成25年9月15日、当ブログに引っ越しをしました。思いつくままに綴っているところです。
 右サイドバー、リンク上段の「自転車で日本一周の旅」は私のホームページです。

最新コメント
最新トラックバック
フリーエリア

旅の画像、№46(青森県浅虫温泉~龍飛崎)

旅の画像、№46(青森県浅虫温泉~龍飛崎)

8月29日(日)、この日の向かう場所は、津軽半島の最先端でした。地図上では道の駅並びにキャン場が表示されていましたので、そこを目指すことにしました。

実は、龍飛崎を訪れるのは、これが二度目になります。始めて来た時は、2月のまさに真冬でした。とにかくすごく寒いことのみが強烈に残っています。でも、次は暖かい時の景色を見詰めてみたい、それが私の願いでした。その地を自転車で再訪したわけですから。

この日も、快晴でした。暑いのも大変ですけれども、夜のことを考えると雨よりはましです。

昨夜の野営場所である浅虫温泉から青森湾沿岸に沿って青森市街を抜けた後、津軽半島へ入りひたすら走っていると、前方から自転車で旅の途中のお兄さんに出合いました。

彼は愛知県出身で54歳でした。毎年、つなぎにしながら自転車での日本一周を目指しているそうでした。夏になると昨年走ったところを起点として再出発をしていました。ここで彼と記念撮影をしてお別れをしました。

龍飛崎へ着いたのが午後3時30分でした。まずは、階段国道のそばにある龍飛港を訪れてから、港のそばにある太宰治ゆかりの宿であった「旧奥谷旅館」を尋ねてみました。今はこの地の案内所として使われています。宿の玄関を入ると、少しは改修工事はされたそうですけれども、当時の趣をそのまま感じることのできる風情のあるロビーの造りでした。なんだか当時の様子が見てとれる感じです。

かの有名な階段国道へは、港町にへんばりつくように家屋が密集する狭くて迷路のような路地を中へと入り込みます。この階段国道と龍飛崎が、この村の存在を全国へと情報発信したことは確かでしょう。龍飛崎は、石川さゆり、さんが「津軽海峡冬景色」を切々と歌っていることでも有名です。

私は自転車なのでこのまま進むことができませんので、この場所を少し引き返し、途中ある車道から灯台へと向かいました。その高台には「ホテル竜飛」があり、少し離れには、龍飛崎灯台や道の駅・「青函トンネル記念館」などがあります。

私がここへ着いたのが午後4時前でした。この日の体験坑道見学の最終時間となる4時03分に辛うじて間にあうことができました。青函トンネル記念館では、時間おきにですが、体験坑道へ入ることもできます。ケーブルカーで海面下140m まで入ります。

青函トンネルが造られることになった理由は、運行中の連絡船が台風のために沈没をしたことが発端となり、トンネルの採掘が考えれるようになったそうです。

当初のトンネルの場所は下北半島側が考えれたそうですが調査の結果、地質的に向いていなかったらしくて、津軽半島側になったそうです。

津軽は素晴らしいところです。機会があれば皆様もぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。







移動中での2枚の海岸風景です。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ



龍飛漁港、美しい港です。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



太宰治ゆかりの宿であったとされる「旧奥谷旅館」です。龍飛漁港のすぐそばにあります。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



港から階段国道へと入るには、密集した狭い路地へと入ります。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ




$自転車で日本一周を達成したオヤジ


$自転車で日本一周を達成したオヤジ



狭い路地を抜けると、ここからが階段国道になります。階段ですが確かに「国道339号」ですよ。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



「ホテル竜飛」です。コンビニで夕食を買い忘れましたので、体験坑道へ入るときの受付を通じてホテルでの夕食の予約を入れておきました。この地までくると、食堂が見当たりません。ここでお風呂にも入りました。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



ホテルの真下、地底を青函トンネルが通っています。ロビーには、列車が通過する時刻が表示されています。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ




ホテルを入るとロビーの中央には、青函トンネルを走る列車の通過音を聴きとることのできる装置があります。この写真は、天井に装備されているもので、列車が通過すると7色に変わる照明が点滅します。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



見えてる建物はお手洗いです。ここは駐車場ですが芝生のスペースがりましたので、そこで野営をしました。ホテルもこのすぐ近くです。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



高台から見た竜飛漁港です。ほんとに絵になる景色です。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



灯台のそばから見た駐車場やホテルのある所です。駐車場のある一角で野営でした。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



龍飛崎灯台です。この岬の下は、断崖絶壁の海です。また、ホテルからも見えますが、ここからも北海道がはっきりと見ることができます。太宰治が「津軽でここを過ぎて道はない、あとは海に転げ落ちるばかりだ」と当時の心情を語っています。確かにそのとおりです。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ




スポンサーサイト

旅の画像、№45(青森県大間町~青森県浅虫温泉)

旅の画像、№45(青森県大間町~青森県・浅虫温泉)

8月28日(土)、前の日はやっとの思いで、大間町営のキャンプサイトで野営することができました。翌日にあたるこの日の走行は、青森県陸奥湾の中央に出っ張ってある夏泊半島にある「道の駅浅虫温泉」でした。

コースは、むつ市を目指した後、陸奥湾に面した国道を走り、夏泊半島の先端を回り込むと浅虫温泉へ辿り着きます。距離的にはそれほどあるわけではありませんでしたので、大間を少し走り込む途中の国道沿いに「下風温泉」がありましたので、ここで朝風呂でした。国道を走ると、温泉独特の強烈な硫黄のにおいが「ツ~ん」と匂ってくるほどでしたから。

すかさずここにある町営の安い共同風呂に入りました。浴槽の入り口の壁には、「日本温泉遺産を守る会」による「温泉遺産認定証書・源泉かけ流し風呂」の額が掲げられていました。なんだか温泉の良さを実感しました。

ここの湯、噴出口測定値が泉温摂氏95度もあるようでした。朝一番、水で調整しているそうです。毎日このような温泉に入れるといいな、とつい羨ましく思えたほどです。

この日は、青森県といえども、さすがに熱い1日でした。あまりの暑さと疲労に耐えかねて、夏泊半島を走行途中で感じのいいカフェーを見つけたので、一服するほどに疲れていました。

地図上で見ただけの夏泊半島は、それほどには感じませんが、半島をグル~と回り込むと、ほんとに広いことを痛感します。

目的の「道の駅浅虫温泉」に着いたときは、夕方になっていました。でも道の駅内には、適当な野営場所がありません。そこで目にしたのが、近くにある海水浴場でした。そこに芝生のスペースがありましたので、その夜はここでの野営となりました。砂浜の美しいとても感じのよい海水浴場でした。

なお、この日は、道の駅浅虫温泉で二度目となる入浴で疲れを癒すことも出来ました。






この夜は、浅虫温泉の近くにある海水浴場の芝生内の一角で野営でした。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ


$自転車で日本一周を達成したオヤジ



ため息

ホームページの作成について、既に書き込みましたけれども、触るに従って不満が。同時に我が知識のなさにイライラ、最後はため息をつく始末です。

少々時間を要しても、ここは少し腰を落ち着けて、じっくり取り込むこことで少しぐらいは納得のできるものを作成したいと考えています。

ま、私はやりだすと、とことんやり切る、というのが持ち前ですか。要するに途中で投げ出すことは嫌いですね。なんでもそうですけれども、安易な気持ちで投げだすと、その後、どのようなことについても「自分には出来ない!」という癖がついてしまいますから。

さて、どこまで自身のイメージに辿り着くことができるのか、自身との闘いです。

賞味期限

一カ月ほど前ら無性にラーメンが食べたくて、昨夜は一人でラーメン店へ向かいました。

はっきり言って、住まい周辺には美味しいお店がありません。ですから昨夜は、少々離れにあるお店まで出かけました。それでもこれは美味しい! といえるほどのお店ではありません。

お店に入ると、ラーメンと共にキムチも追加注文をしました。ところが、このキムチに問題がありました。キムチをひとくち入れると、明らかに賞味期限であることが、舌の感触ですぐ分かりました。

これはダメだ、と思いそのあとは端を付けずじまいで終わりました。

私はやたらと舌が敏感でして、少しでもおかしなものは、すぐ感じます。過去二度、食堂で忠告をしたことがあります。ただし、昨日は、なにも申さずお店を出ました。

それにしても、お店の方にもある程度は分かっていたのでは、と勘繰ってしまいました。

食堂は、なんと言っても新鮮な食材で調理をし、提供しなくてはお店の暖簾を汚すことになるはずです。心のどこかに変なことを考えての調理をすると、それまで頑張ってきたことの全てが一瞬にして台無しになるはずです。

ホームページ

「自転車で日本一周の旅」のホームページが80㌫程度完成。後は、細部の詰めと確認に入る段階にまでなっていましたけれども、この段階になってから、どうもシンプル過ぎたために、結局、再度書き換えに入りました。

時間のむだだ~!これが仕事なら、大変なことになる。

素人が作成することですから悪戦苦闘です。ああだ・・・、こうだ・・・、と悪戦苦闘の末、何とか形が見えたはずでした。それでも工夫しながら色々と触っているうちに、不明なことも少しは理解できるまでになりました。それでも、所詮素人のすることですから、どのようなホームページが完成出来るのか、自身でも分かりません。

完成した時は、皆さまどうかご訪問のほどよろしくお願いいたします。


これが完成間近のホームページです。でも・・・、
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ



これが、取りあえず書き換え段階に入ったばかりのホームページです。
もう少し工夫をしたうえで、作成に入ります。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ


今日はこれから宿直当番ですよ。頑張ります。

旅の画像、№44(森町~函館市~青森県大間)

旅の画像、№44(森町~函館市~青森県大間)<北海道周回20日目(最終日)>

8月27日(金)、いよいよ北海道最終となる走行日でした。自然と気合も入りました。北海道に上陸した日からこの日までを換算すると20日も要しました。なんだか、ほんとによく走りました。でも北海道は自然に恵まれた素晴らしい土地です。それに海岸に面した周回道路は分かりやすくて、道幅も広くて走りやすかったですね。日本海側はトンネルが多くありますけれども、トンネル内の整備が行き届いていますので、本土にあるトンネルよりも遥かに安全な感覚で走ることができます。

ご存知の方も多いはずですが、北海道はやはりライダーが多く走っています。勿論、関東方面の大学生が自転車で沢山押し寄せています。その人の多さには驚きます。で、ライダーの方が、挨拶代わりに親指でしたか手を差し出してくれます。勿論、こちらも同じサインを出します。これには勇気づけられましたし、有り難いことなんですけれども、なんだかむなしくなりました。相手はバイクですから、ほんとにアッという間に通り抜けるんですよね。この壮大な土地を「バイクで走りたい」と幾度となく、羨ましく思ったものです。

また私は、定年と同時に北海道への移住を本気で決めていました。候補地は、幾つかありましたけれども、駒ケ岳近くの鹿部町、室蘭市と洞爺湖の中間に位置する伊達市、あるいは函館市などでした。結果的に実現することができませんでしたけれども、ただ、この旅を通じてこれらの町を自転車という手段でつぶさに見ることが出来ました。良い思い出を残しました。

函館港(フェリーターミナル)に14時頃には着き、フェリーは函館港を17時に出港し青森県大間港に18時45分に着きました。しかし、この時点で野営の場所を決めていませんでしたので、大間周辺でウロウロしているうちに真っ暗になってしまいました。やっとの思いで行き着いたのが、町内の施設で「大間崎テントサイト」でした(無料)。恐らく20時になっていたことは確かです。

着いてみると、先着の青年が一人いました。彼と少々話した後すぐテントを設営。その後は、朝まで仮死状態でした。それにしても、日々、ほんとに強硬スケジュールの走行でした。ま、幸い晴天が続いていましたので、ほんとに助かりました。

皆さん、どのような手段でもいいですけれども、ぜひ一度北海道の大地を駆け抜けて下さい。テントと寝袋等があればいいですよ。泊まるところは、熊のことも念頭に置くとキャンプ場がいいですか。やはり北海道は、キャンプ場ですね。または、道の駅ですか。キャンプ場は、500円程度ですから安いですよ。それに、温泉施設がけっこう方々にあります。あ、それから地図も必ず必要ですね。






$自転車で日本一周を達成したオヤジ



前方に駒ケ岳が見えています。自転車という乗り物は、ほんとにすごいナ~と思いました。
とにかく計画どおりの場所へ着くんですからね。今朝、あそこの近くを出発しましたから。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



コンブ収穫の後、小さな船を引き揚げる場所となります。このようなところがよく見受けられます。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ



北海道の海岸線は、どこもよく似ていると思いませんか。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



函館~大間の定期航路となるフェリーです。この船で、再び大間へ向かいます。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



自転車も乗用車と同じところからの乗船です。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



函館山です。船から写した風景です。ほんとは、函館で観光をして楽しみたっかったのですけれど、それも夢となりました。ずっと以前、函館山を訪れたことがあります。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ





旅の画像、№43(豊浦町~森町)

旅の画像、№43(豊浦町~森町「駒ケ岳の近く」)<北海道周回19日目>

8月26日(木)、この日は、森町の少し離れにある「道の駅つど~る・プラザ・さわら」を目指して走りました。これだけ走ると、北海道にもっと滞在したい、という気持ちよりも一刻も早く九州を目指したい、そのような心境でした。心に余裕などありません。

道の駅に近付くにつれて、駒ケ岳の鮮やかな姿が眼前に迫ってくる迫力と美しさに感動したものです。
駒ケ岳の所在地は、地図上では理解していました。でも、初めれ見たときは、なんの山なのか分かりませんでした。工事現場の警備に就いていた方に「あの山は、なんという山ですか?」と尋ねることで初めて分かりました。

富士山と同様、やはり離れた位置から見るのがきれいですね。いずれにしても、道の駅から見る駒ケ岳は、すぐそばにある感覚で見ることができます。

道の駅に着くと乗用車で旅をされていた関東から来られたご夫妻との巡り合いもありました。ご親切なお言葉を頂きました。ご夫婦で中睦まじく旅をされる姿は、ほんとにいいですよね。

夜は、道の駅端の一角に広いスペースのテラスがありましたので、そこでテントを設営しました。本来は芝生がありますので、そこで野営をするべきですが、つい横着をしました。旅を通じて分かったことですけれども、朝、起きると夜露でテントがびしょぬれになっているんですよね。それを避けたくて。

さて、「朝が早いから早く寝るか」と、テント設営をしていたのが7時を過ぎていたでしょうか? すると20歳程の女性が自転車でテラスへとやって来ました。そのあとテーブルに腰を掛けたかと思うと、そこでPCを打ちだしました。こんな夜になってから、女性が一人でなんということを・・・。一応私は「自転車で日本一周している者で、決して怪しい者ではありませんから。これからテントで寝ますから」と自己弁護。すぐ深い眠りに入りました。

幾度か目覚めましたけれども、11時過ぎていたでしょうか。気が付くといませんでした。もしかすると爺のイビキがうるさかったのかな。けっこう遅くまでいてたことは確かです。それにしても、危険な行為ですよね。







昨夜、野営をした町並みを遠くから望みました。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ



駒ケ岳です。実物で見ると、ほんとに迫力があり、美しいですね。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ



北海道のトウモロコシは甘みがあるので、とてもおいしい。
初めて買ったのが、コンビニでした。以後、その美味しさに驚き、数回、買いました。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ



ここにテントを設営してから寝ました。そのすぐそばにあるテブルで女性がPCを打っていたんですよね。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ





つぶやき

アメブロを始めたのが2009年の11月でした。ごく単純な発想で始めたブログであれば、恐らく今頃はいったん止める時期に入っていたのではないかと思います。

私が社会人となってから身にしみて感じたこと、それは最低限度の文書が書けることでした。書くこと、これは社会人として一番大切なことであることを、ひしひしと感じ続けていたからです。その考えは今でも変わっていません。ですから今でもブログを止めることなく書き続けることが出来ています。

その後も自分なりの努力はしたつもりですけれども、書くことはほんとに難しいですよね。いまだ上達をしていないことに気付きます。ただ、少しの努力のおかげで、在職中・職務上救われたことが多々ありました。

書くことを職業としている方は、一日でも書く手を休めると書く力が低下することを伝えています。つまり、どのような些細なことでもいいから、とにかく日々書き続けることが大切なんですね。

私は新聞や雑誌を読む過程で、文字の使い方に注目をしながら読み、気付いた時は、その項目を抜粋しておき冊子にしています。できれば、良い面を取り入れたいとの思いからです。

さて、お話は一転しますが、私がブログ読者登録をさせていただいている方で「もんすけ」さん、という方がおられます。私がこの方のブログに出合ったときは「日本ボロ宿紀行」として綴り続けていました。今は、ラーメンブログで綴っています。

日本ボロ宿紀行では、ほのぼのとした独特な綴りがなんとも言えなくて、毎回、楽しみにしながら拝見させて頂いたものです。旅をされた宿には、「そのようなところにまで足を運んだの・・・」と思わせるほど、ため息をついたことさえもあります。でも、中身を読むと、その綴りにほのぼのとするんですよね。

これまで書き続けた、「日本ボロ宿紀行」のブログが書籍化されたことを、最近知り、早速取り寄せました。また時間を見計らって、本を通しての「日本ボロ宿紀行」を再読します。

実はもんすけさん、アメブロでの「日本ボロ宿紀行」を綴り続ける過程で、ライブドア・ブログの関係者の目にとまり、ライブドア・ブログの奨学金受給制度を受けることになり、ブログを引っ越しされました。昨年、私が日本一周をしているときでした。

「もんすけ」さん、今はラーメンを通じてのブログ(こちら)を書き続けています。今後どのような展開になるのか、楽しみにしているところです。



この本です。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ



旅の画像、№42(苫小牧市~豊浦町)

旅の画像、№42(苫小牧市~豊浦町)<北海道周回18日目>

平成22年8月25日(水)、苫小牧市街にある割烹温泉(24時間営業)で連泊後の出発でした。天気予報では、この日から3日間は晴れ模様でしたので、函館までは雨の心配もなく何とか進むことが出来そうでした。

走行途中、室蘭市街へ入り、そこから岬の先端にある「地球岬」を訪れました。岬から見えるのは内浦湾(噴火湾)です。遥か前方には亀田半島が見えています。その半島を回り込むと、いよいよ北海道周回のゴールとなる函館市へ入ります。半島を見たときは、「いよいよ、あと僅かだ・・・」と決意を新たにしたものです。

地球岬から望む風景も視界を遮るものがなくて、ほんとに大パロラマの名にふさわしかったですね。でも、ここへ来るには少々上り坂がありましたので、チョッと疲れました。

室蘭市は自転車で入り込むと、また元の位置まで戻らなくてはいません(車では橋を渡ることが出来ます)。ほんとに面倒くさかったです。

この日は、お風呂に入るために洞爺湖のある方向の海岸近くにある「豊浦海浜公園キャンプ場」でテントを設営しました。すぐ近くに温泉施設があります。ただ、8月末ということもあり、テントがふた張りと北海道のライダーのお兄さんと私だけでした。この方と、けっこう話が弾みました。

それにしても、北海道の夜はかなり冷え込みます。でも、さすがに北海道のお兄さんは朝起きても半袖でした。寒さには強いですね。私の問いかけに「寒くありません」と答えましたけれども。

あ、それからこの場所から山頂を見上げると、洞爺湖サミット時の会場となった「ウィンザーホテル洞爺」が見えていました。地元の方に尋ねるまで気付きませんでした。







移動途中で見かけた「黄金駅」です。あやかりたいですね。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



「地球岬」です。室蘭市街の先端にあります。
前方に半島が見えています。「亀田半島」です。
そこをぐる~と回り込むと、函館市になります。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ



豊浦海浜公園キャンプ場です。海岸のそばです。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



立て看板の前方の頂きに、かすかにホテルが見えています。
「ウィンザーホテル洞爺」です。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



$自転車で日本一周を達成したオヤジ



前方に見える建物が温泉施設です。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ



温泉施設です。北海道には、このような立派な温泉施設がいたるところにあります。ですから、乗用車で旅をしてお風呂はこのようなところで入り、夜になると道の駅などに車を止めれば、宿代が節約できます。
$自転車で日本一周を達成したオヤジ





思いっきり歩きました

いつもは自転車で走る峠越えのコースを、昨日は思いっきり歩きました。

出発当初は、腰痛持ちなので途中で爆発をしないだろうかと、やや不安な気持ちを抱えながらの出発でした。

自宅を出発、峠を越えて和歌山県へ出たあと、電車での帰宅でした。

歩いて思ったことですが、車よりは自転車、自転車よりは歩く方がゆっくりと景色を見詰めながら、あるいは観察しながら歩るく事が出来るのでいいですね。

今後も、定期的に出来るだけ続けるつもりです。

体質が変わった

今日の南大阪はどんよりとしています。ほんとは、歩くつもりでしたけれども、天候がいまいちなので諦めました。明日は、晴れのようなので、明日は少々歩いてみようかとの思いです。ただ私はかなりの腰痛を抱えていますので、どこまで歩かれるのか、やや不安です。

さて、15年程まえからですけれども、1月末に入ると、毎年のように激しいセキに悩まされ続けてきました。症状の始まりは、ほぼ風邪と同じで、喉が痛くなります。そのあとは、セキが止まりません。セキがいくら出ても喉の痛みのないのが風邪とは違う特徴です。

この症状がでると、後はかかりつけの診療所へ出向き、カルテに従っていつもと同じパターンのセキ止めを飲み続けます。だからと言って風邪のように簡単にはセキが止まるわけではありません。勿論、念のためにではありますけれども、レントゲン検査も行っていました。

もうひとつの悩みが、鼻炎です。これもある日突然、起こりました。明らかに杉やヒノキ花粉によるものでした。経験のある方はお分かりでしょうけれども、鼻づまりが起きるとほんとに辛いんですよね。とくに寝どこで起きると寝られません。そのようなときは、鼻炎薬で症状を緩和すことで寝る以外に方法がありません。

ところが、退職後の冬に入ってから、ふたシーズンを迎えましたけれども、なんとセキが収まっています。また、鼻炎についてもこの冬、特に花粉が多いと言われていた今年でしたけれども、初めて鼻炎薬を使わずに済みました。

考えられることの一つとして、ストレスからの解放。もう一点が、環境の変化だと思います。環境の変化は、大阪市内と私の住まいを比較すると、大阪市内の環境が遥かに悪いはずです。退職後は、ほぼ24時間自宅を中心とした生活をしていますから。どうも体質が変わったようです。

今は1周間に一度の宿直の仕事に出かけています。健康面について完璧な状態ですし、心身も充実しています。このことが最も大切ですよね。



総理のことばの意味(54番札所)

管首相の退陣を求めて野党が提出した内閣不信任決議案が、反対多数で否決されました。

皆様もご存知のとおり、ここへ至るまでの与野党の誠に醜い攻防が展開されました。

昨日は私も成り行きが気がかりで、本会議開会前から閉会後までの流れについて、食い入るような目つきでテレビを見つめていました。

この中のひとコマとして、本会議開会前の民主党代議士会において、管首相が発言の中で、突然「・・・私にはお遍路を続ける約束ものこっている・・・」ことを述べられていました。

これを耳にした私は、この場で、「なんで遍路参りの話が出るの」と、一瞬クスット笑ってしまいました。総理の発言の趣旨に理解ができませんでした。

ただひとつ思いついたのが「早い時期にメドをつけたうえで、お遍路参りを続ける約束がのこっているので、退任したい・・・」との思による発言なのかな・・・と理解していました(ただ実際は、もうすでに終わったものと思っていました)。

ところがおっとどっこい、政治家のことばはには、かなり深い意味が含まれていることを知りました。いや、さすが首相だなあ、というのか悪賢いというのか、お遍路参りのことばの裏に隠された深い意味のあることを知り、驚きました。

それは朝日新聞の朝刊記事からです。

「私にはお遍路を続ける約束も残っている」。2日の代議士会でのあいさつではこう語った。2004年に年金保険料の未納問題で党代表を辞任した後、四国八十八カ所の巡礼にでかけたが、すべてを回り切れなかったことを引き合いに、早期退陣を前提にした余生の過ごし方にも言及したようにも聞こえる。
 ただ、首相が巡礼を再開する予定の54番札所は「延命寺」(愛媛県今治市)という


記事を通じてではありますが、少なくとも私は唖然としました。