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baike

Author:baike
写真は、和歌山県内にある「紀伊日ノ御埼燈台」です。
定年後、日々余裕ができたのでアメブロを始めたのですが、平成25年9月15日、当ブログに引っ越しをしました。思いつくままに綴っているところです。
 右サイドバー、リンク上段の「自転車で日本一周の旅」は私のホームページです。

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今年も有難う

平成22年も余すところ3時間弱で終わりになりました。


今年もなんとかブログを続けることが出来ました。


平成22年度の私は、自転車での日本一周を成し遂げましたので、生涯心に残る年になりました。ですから最高の年であったと言えるでしょうか。


来年は、また別の形での新たなチャレンジを試みたいです。私の心は、生涯学習です。ですから、ブログを続けているのもその一環です。社会人として感じたことは、書くことの必要性です


とにかく書き続けたいですよね。皆さんも頑張ってブログを更新し続けて下さい。


最後に、


私のブログをご訪問して頂きました方々へ、心からお礼を申し上げます。そして日本一周中は、励ましのコメントを頂きまして、誠にありがとうございました。


平成23年度が、皆様にとって素晴らしい年でありますことを心より願っています。

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朗報

昨夜、自転車での旅の途中で知り合った千葉県在住の青年から電話がかかってきました。


電話の内容は「四国へ旅をするので、大阪へ行きますから・・・」というもものでした。


自転車での日本一周の旅の後、お世話になった方々への礼状を投函しました。その後、彼からからのお便りの電話だったんです。


旅の途中でもブログでも綴っていますけれども、彼と知り合ったのは、千葉県君津市内にある青堀温泉での入浴中でした。別れるときは彼と再会することはないだろう、との思いでしたので久しぶりの電話に嬉しかったですよ。


私の当日の宿泊予定は、入浴中の温泉近くにある海岸でした(この頃の私の頭の中には、道の駅で泊まるという意識がまだありませんでした)。


ところが突然、雷が「ごろごろ~」と、けたたましく鳴りだしたんです。このあと明らかに雨が降り出すことは間違いありません。


そんな時、彼が「俺の家で泊まる・・・」と、心温かいことばを掛けてくれたんです。だからと言って、立ち寄るわけにも参りませんので、色々話しているうちに、近くにジャスコのあることが分かりましたので、そこまで連れて行ってあげるから、と言うことになりました。そのあと彼が、私の自転車を軽トラへ載せて移動してくれたんです。


移動途中にネットカフェが目につきましたので、結局そこで降ろしてもらいましたけれども。


今年、最後の朗報になりました。



大掃除

少しずつではありましたけれども、三日間に渡る年末の大除が今日でやっと終わりました。

昨年の年末は、おふくろが足を骨折して入院をしたため大掃除さえする事ができませんでした。今年の年末は、昨年のぶんも含めて大掃除をしました。

明日はなんとか、ゆっくりくつろぐことができそうです。同時になんとか素晴らしい元日を迎えることができそうです。

ドコモスマートフォン

予約注文をしていた待望の「ドコモスマートフォン(REGZA)」が手元に入りました。


携帯電話については、電話機能のみを使うだけのことでしたので、その他の機能については全く分からないことずくめでした。


いざ自転車での日本一周に旅立つことになると、以前のブログでも書き込みましたけれども、最も困ったのがブログ更新が出来ないことでした。


さすがに困りましたね。そこで急きょ携帯電話の機能を充実させたうえで、出発までにはなんとかブログ更新が出来るようになりました。


でも、もっともっと携帯電話の持つ機能を活用できるはずでしたのに、駆使できないままで終わってしまいました。


旅先で若い方を見ていると、思いのままに操作・活用しているんですよね。たさすがに、「しまった!」と思いました。いかに時代に乗り遅れていたのかについて、随分反省させられましたよ。


無駄な出費を差し控えたことのつけでした。


旅が終わるとその後、スマートフォンの販売予約が始まりましたので、早速飛びつきました。


と言うわけで、次の写真のように昨日、スマートフォンが我が手元に入りました。なんとか最低限度のことができるようにしてみなければ。でもこれがなんとも厄介なものでして、現時点では頭を抱えているところなんです。


ま、365日休日ですから、ゆっくりマスターしますか。



自転車で日本一周を目論むオヤジ(H22年11月15日 日本一周を完走)

素直な心

最近、小学3年生の甥っこと寝ています。


昨夜のことですが母親から頼まれた「サンタからのプレゼント(おもちゃ券)」を預かっていました。


昨夜のことですから翌日は学校も休みです。ましてや金曜日の晩ですから。


それが、午後9時前になると「今日はサンタが来るから早く寝よう」と言ってから、私を寝床へ取れて行こうとします。


やむを得ず寝ることにしました。


布団を敷き、さて、寝ることになりました。すると、甥っこが頭の位置をいつもより30Cmほど下げて寝ようとするではありませんか。


「アレ? 」と思った私が、「どうしてそんなに下がって寝るの」と問いかけてみました。


すると「サンタが来るから」と言うではありませんか。


どうやら彼の頭の中では、サンタが来て枕元にお土産を置くためのスペースが必要であると考えたようです。


子どもの心って、ほんとに素直で汚れのない心であることに、改めて感心しました。

四国八十八ヶ所巡礼参り

旅の途中で多くの方との出会いのあったことについては、これまでに幾度となく綴ってきました。


多くの方との出会いが心に深く残っています。ただ残念なことが、ほとんどの方との出会いがその場で途切れてしまったことです。もちろん、中には住所確認を交わしている方もおられます。


そのなかでも忘れることのできない方の一人として、香川県内の「道の駅とよはま」で出会った40歳代前半と思われる男性です。


この道の駅には「七十一番札所」がすぐそばにありました。彼はこの札所を巡礼すると当然、、「七十一番札所」までを終えることになっていました。


いや、自転車での日本一周も確かに大変だと思いましたけれども、四国八十八ヶ所巡礼お遍路参りを一気にされるのも大変なことです。


その巡礼を彼は、一気に終える段階まで頑張り通していたんですからね。


室戸岬前後になると、ほんとにお店がなくなるんですよね。足摺岬に至るまでも同じです。


私も一度は挑戦してみたい心境になりましたけれども、いかんせ自転車の旅を通じてかなりのお金を使ってしまいましたので、今は自粛するのみですよね。


関東出身のこの男性は、不幸にも休職中でした。でも彼なら必ず素晴らしい職業に就くことが出来ると私は確信しています。


今、とても複雑な社会であることは間違いありません。仮に思い悩む日々のときは、とにかく今ある環境から思い切って飛び出してみることも必要かと思います。そうすれば、活路を見いだすためのなにかヒントを掴める気がします。


四国八十八ヶ所巡礼お遍路参をされることは、自身の生き方になにかヒントを与えてくれることは間違いありません。




日本一周を目指す青年は精神的にタフだ

私と同様に日本一周を目指していた多くの男性が20歳前半でした。


彼たちと対面して感じたのが、ほんとにタフな精神力を持ち合わせていることでした。


とりわけ驚いたことが、たとえば沖縄まで行く過程で、鹿児島までの旅費しかないので、鹿児島で数カ月間バイトをしなくていいけない。かと思えば、沖縄へ渡る旅費はあるけれども鹿児島へ戻る旅費がないので、沖縄でバイトをしなくてはいけない。


このような青年に出会ったことがあります。


そこで、彼たちの立場に私を置き換えて考えてみたとき、絶対に彼たちほどの行動力と勇気を持ち合わせていなかっただろうな、との結論に至りましたね。


彼たちのすごいところは、持ち金がなくなるとその地でバイトをしながら工面をしたうえで、目的を成し遂げようとしていることです。


彼たちの持つバイタリティーさには、心から敬服しました。


方や、つい最近JR取手駅でとんでもない事件を起こした27歳の男性がいました。同じ青年の行動であってもこれほどまでも違いがあるんですよね。


この青年に日本一周の機会を与えてあげたかったですね。もしかすると、事件を未然に防ぐことが出来ていたかもしれません。ふと、感じましたけれども。


バイトをしながらでも目的の場所までたどり着こうとする行動力に、再敬礼の気持ちになりました。




免許証更新の講習

今日は朝から免許証更新のための講習を受けてきました。


幸い私はこれまで(運よくかな)、無事故・無違反で運転をさせていただくことが出来ました。


でも、今年の大阪府内での自転車の死亡事故が、なんと45件も発生しているんです。


つい数日前も私の居住地から数キロ離れた国道において、自転車に乗っていた大学生が不幸にも大型トラックにひかれて死亡しています。


どちらに乗るにしても、事故だけは避けたいものですよね。これからは、車を運転する側にしてもますます先を急いでの運転になるものと思われます。ましてやお酒を飲まれる方も増してきますので、特に深夜の自転車は危険がいっぱいです。十分気をつけましょう。



宿泊ツーリングは楽しいですよ

日本一周を終えて、1カ月が過ぎましたけれども、帰宅後、自転車をメンテナンスのため専門店へ持ち込むために往復をしたのみで、その後はまったく自転車に乗っていません。


4カ月という短期間で1万Km余りも走ってしまうと、さすがに乗ってみたいとかの気持ちになりませんね。


それに、膝などもかなり酷使していますので、ま、暫くの間は骨休みをした方がいいのかもしれません。


旅で得た収穫のひとつとしてテントと寝袋があれば、近場であれば2~3泊程度のツーリングの楽しみ方を身につけたことですか。暖かくなればいつでも出かけたいですね。


皆さんも、宿泊を兼ねてのツーリングを試みてください。泊まる場所のポイントは、道の駅です。道の駅の近くに温泉があれば、なおいいですね。持参するものは、テントと寝袋、タオル、それに夏場は蚊取り線香も必要ですね。あとは歯ブラシと予備の下着と上着ですか。


あとは、お風呂に入れないことも考慮して、石鹸も必要です。


コインランドリーやコンビニもありますから、不自由なこと等なにもありません。それに道の駅のお手洗いは24時間使用できますから。


自転車をあなどるなかれ、1週間を前提に考えと、かなり遠くまで旅立つことが出来ます。意外と、車よりも思い出が残るはずです。



タイトルを変更しなければ

抱き続けた日本一周の夢が、アッというまに終わりました。


どのようなことについても言えることでしょうけれども、目標を掲げた後、実行するまでが時間がかかるんですよね。いや、ともすると、構想で終わってしまう目標もあると思います。


目標で終わってしまうのはどうしてなんでしょうか? 勿論、様々な要因があるでしょうね。理由のひとつとして考えられるのが飛び出した後のリスクを考えてしまうこともあるような気がします。私も同じですから。



とにかく願い続ければ必ず実現する、このことを強く抱き続けることも大切だと思います。ネガチブなことは一切考えなことですね。


さて、私はひとつの夢をやりとげました。そこで現在のブログタイトルを変更する必要が生じました。でも、次のタイトルをまだ考えていません。出来れば年内までには、タイトルを変更したいと思います。

稚内市のイベントにご協力を

稚内市が平成19年から平成23年までの5年間を「メモリアル事業」と位置づけて、平成22年の今年までの過去4年間に様々なイベントを開催されています。


そしてメモリアル事業最終年となる来年・平成23年度には、「日本最北端の地」の碑建立50周年事業を予定されているそうです。


これに伴い、記念事業の資料とするために、過去に日本列島を縦断した方、あるいは現在、日本列島を縦断中の方等からの情報を集めているとのことです。


過去、日本列島縦断を経験されておられる方は、ぜひ稚内市のホームページを通じて、ご協力をさせていただこうではありませんか。


イベントについての詳細事項・申込みは、稚内市ホームページ・建設産業観光課(こちら )になっています。


担当:斎藤さま

電話:0162-23-6468


詳細事項につきましては、稚内市・建設産業部観光交流課のホームページをご覧ください。

朝刊記事から

今朝の読売新聞のなかで、「あふれる好奇心 熟年 気まま旅」についての記事が目に留まりました。


大阪府在住の上田さんについて取れ上げられたものです。


その内容は、ミニバイクで日本一周の旅にでられた様子についての取材記録です。


西日本をエリアごとに回り、今年6月には北海道・東北・関東へ出発されたようです。その後、8月に旅を終えられいますが、いちばんの収穫は人との出会い、であったことが記述されています。このことは、旅を経験された方の共通した感想だと思います。


記事の末尾で、旅の様子を本にまとめられたことが添えられていました。私自身、自転車での日本一周についてまとめた結果を本にして出版してみた、と考えていたところですから、ちょっと羨ましい限りですね。


関連記事として、「日本縦断経験者 募る」の記事も目に留まりました。


北海道・宗谷岬にある「日本最北端の碑」が来年、建立50周年にあたるのを記念して、稚内市は今年9月から「日本縦断達成者」の情報を募集してしていることも別途記載されていました。


条件として、

同岬と九州最南端の鹿児島県・佐多岬を結ぶ旅の経験者が対象。移動手段は問わない。とされています。問い合わせ先は、稚内市・観光交流課(0162・23・6468)となっていますよ。



(5)自転車で得た根性(総括)

随分ながい総括になりましたけれども、これが最後になります。


自転車での日本一周。既に多くのことを綴りましたけれども、でも決してこれが全てと言うことではありません。


さて、日本一周で得たもうひとつの財産が、「根性」です。


根性、の持つ意味には色々なことが含まれていると思います。


私が旅で得た根性、それは次の2点についてです。


(1)苦難に耐える根性

今年の夏はほんとに暑かったですよね。それでも高知生まれ関西育ちの私にしてみれば、8月を北海道で過ごすことが出来たことは、ある意味、暑さ知らずの夏で終わってしまった感じです。


それでも夏であることに変わりはありません。ましてや自転車に荷物を積み込んで走っているわけですから、それは大変であったことは確かです。


とりわけ今年の夏は例年になく暑かったようでして、その暑さにへこたれずに最後まで踏ん張ることが出来た自身に、ごほうびを与えたい心境です。結果として、いつしか自身の中に根性のかたまりが育まれたようです。


炎天下、大雨の日になると、時々心の中で「負けてたまるか!」と雄叫びを出しながら走ったことが多々ありました。


(2)孤独に耐える根性

在職中は、様々なことがあったにしても、そばにはいつも職場に仲間がいました。帰宅すれば家族がいます。でも、一旦、旅に出てしまうと24時間、常に単独行動になります。ましてや自転車です。車の旅であれば、夜になっても雨が降っても逃げ込むための気楽に過ごせる空間があります。


単独での自転車の旅は、その場所が山の中であったとしても、耐え抜く以外にそこから逃げ出すことができません。ちなみに、いちどイノシシがでてきたこともありました。時には真っ暗な林道の中を、ライトの明かりを頼りに走り抜けたこともあります。林道ですから車の往来など全くありません。誰もいないところで寝たこともあります。


自転車の旅を通じて培ったもうひとつの意義、それは孤独に耐える根性でした。


九州の道の駅でしたけれども、東京在住の50歳後半と思われる男性でしたけれども「実は、死の場所を求めての旅でした」と言う方と巡り合いましたました。



ママチャリで死に場所を求めての放浪の旅をしていたんです。


話の途中で彼の重い口からやっと出た本音のことばでした。みず知らずの私に心中を打ち明けることで、恐らく彼も内心すっきりしたはずです。彼は「自殺はしません」と私の前で断言してくれました。


彼は、旅で出会った方から「九州も走ってみては・・・」との助言から九州一周の旅へと向かっていました。九州の旅の途中で、九州を拠点として自転車の旅をされている年配の方(旅の達人)との出会いも相まって、自殺を思い止まってくれました。自身の考えが愚かであったことに、自転車の旅を通じて気づいてくれたんです。


道の駅でこの方との会話のなかで、「これまでの自分の人生がいかにちっぽけなことであったのかが、自転車でここまで走り抜いてみて初めて分かりました。ほんとに自転車で良かった。自分に息子がいれば、絶対に日本一周をさせます・・・」とその時の心境を私に語ってくけれました。


この考えは、私と全く同じです。


自殺まで考えての自転車の旅ですから、かなりの悩みがあったはずです。いずれにしろ自転車で死に場所を求めた旅が、逆に自身の命を助けてくれるきっかけとなりました。ひたすら走り抜いた日々、東京から九州まで駆け抜けた根性、同時に人との出会が彼の悩みを葬ったことは確かです。


孤独と苦難に耐え抜く双方の根性が身についてくれたようです。


余談ですが彼は今、九州のある市内で暮しているはずです。


(4)地方都市の現状(総括)

本州及び北海道・九州・沖縄・四国・淡路島、いずれも極力海岸線に近い国道沿いを自転車で走行しました。


その間、海岸線沿い(一部山間部)に点在する町をつぶさに見詰めながらの走行でした。


例えば、時には「・・・市」の市街地の商店街を通ったこともあります。


そこで目にしたのが、閉鎖された店舗でした。とにかく商店街を歩く町の人の姿がまばらなんです。これから先どのようになるのだろうか? ほんとに寂しさを感じました。


市街地ですらこれが現状です。ですから、すこし市街地を外れてしまうと、ところによっては空家が目立つところさえありました。そのようなところでは、偶然でしたけれども地域の担当者の方が空家を点検されている光景を目にしたことがあります。


時には廃墟のあと倒壊家屋の状態になっているところもありました。


見詰めただけの感想ですけれども、今流のことばを使わせて頂くと、明らかに「限界集落」と思わせる村もあったように思います。


とある道の駅の近くにある食堂で夕食をしながら、お店のご主人と会話が弾みました。お話の中でご主人から「以前と比較すると、町の人口が三分の一にまで減少している。もう商売が成り立たなくて、旅館を始めお店をやめた方が沢山いる・・・」、このような町の現状を聴きました。


新幹線や高速道路の開通で喜んでいる方のその裏で、このことが逆に商売の阻害となっている現実もあるんですよね。痛しかゆし、とはこのことでしょう。


また小樽市内を走行中のとき、健康ランドのお風呂屋さんを尋ねたところ、「以前はあったけれども、今はなくなってしまった・・・」と力なく答えてくれました。


小樽市の現状について、「小樽市は観光都市なので、若者の働く場所がないから、隣が札幌市であることからほとんどの若者が札幌へ行ってしまう。だからお風呂屋さんもダメになった・・・」と語っていました。


小樽市でさえこのような現状ですから、ましてや小さな村なんて限界集落になってしまっても不思議ではないですよね。


若者が都会へ移住してしまう、この流れを止めるための手立てなんて誰にも出来ないはずです。


私は自転車で走りながらの田舎の風景を見ては、「今はこうして人の姿がありお店もあるけれども、10年以後になると、もしかするこの光景がすべて消えてしまっているかもしれない・・・」そんなことすら思い浮かべてしまうほどでした。


片田舎になると、とにかく若者の姿を目にすることが出来なところさえありました。そのようなところにある学校は、当然、廃校になっているのをつぶさに見てきました。


ひと昔前は賑わっていたはずの村が、いつの日か消えてしまう、そのようなことを思うと寂しい限りですね。でも、これが地方都市・日本の現状なんです。



(3)気配りに欠ける日本の国道事情(総括)

11,493Km走行する間に、快適な道から悩ましい道、ほんとに様々な国道を走りました。




そこで気付いたのが、弱者切り捨て、車優先の行政であることに気付かされました。次の二点です。




(1)表示板の設置不足


国道であっても高架になると、自転車や歩行者が通行禁止になるケースがあります。自転車や歩行者の安全確保のためなので、それは当然の処置であると思います。ただ残念なのは、一旦走行している国道から下りたあと、表示板がないために、次にどちらの道へと向かえばいいのか迷ってしまうことが多々ありました。





たまに陸橋があったとしても、自転車を押すための陸橋の勾配が余りにもきつ過ぎて、とてもではないですけれども通行できないことさえもありました。備えておけばよし、の利用者不在の典型的なケースですね。ほんとに無茶苦茶です。





通行禁止の処置を講じたときは(でなくても)、利用者が本線を下りているわけですから、その後、車と同様、自転車や歩行者用の表示板を掲げることで、次に進むべき方向を明確にしておくべきです。





市街地を外れると国道の歩道が、片側のみの設置になってしまうことがほとんどです。問題なのは、その歩道が橋脚を境として右側に設置されていたものが、突然左側へと変わってしまうことが随分ありました。





地形的なことも含めて、それはそれで仕方のないことでしょうけれども、既に記しましたように、歩道が右から左へと代わるときは、特に案内板の設置が必要になるはずですけれども、それがないんです。





一旦、本線から下りた後、再度、苦労しながら、やっとの思いで本線へ入ることができたことさへありました。それほど厄介な国道になっています。きっちりとした案内板さえあれば防げるはずです。





(2)歩道の整備がなされていないこと。


バイパスに近い感じの国道があります。とにかく高速走行している車ばかりで、とてもではないですけれども危なくて車道を走る気分にはなれないところがありす。





このときは当然、歩道を通ることになるわけですけれども、助けを求めて入った歩道に雑草が生い茂って通行もままならないことがありました。真夏のことですから、自転車を下りてから押すのは、ハブがいないか? と思うと押すことさえもためらいました。





かと思えば、歩道のいたるところに亀裂による段差が生じていたり、舗装時のアスファルトに入っている砕石が歩道上に沢山散乱しているために、とてもではないですけれども自転車の走れる環境でないことが多かったです。





日本一周を目指す者にとっての大敵は、事故はもちろんのことですけれども、走行途中のパンクです。パンク修理は、時間のロスと手間暇がかかりますので、長距離ツーリングを目指している者にとってはほんとに大敵であり面倒です。ですから、危険と隣り合わせであることを承知で車道を走ることになります。このことは、自転車に乗っている多くの方が同じ考えだと思います。




今、ひと夏を中心として日本一周ないし日本横断を目指して走っておられる方が、若者を中心として恐らく30名以上はおられはずです。





これからは、ますます増えることがあっても、減ることはないはずです。この中には外国人の方も含まれています。ですから旧態依然の考え方での道路事情では、だめです。





不備な点は、即刻改善をするべきです。





間接的な話の中で、外国人の方が「日本のトンネルの造り方は間違っています。頂上になってからトンネルを造っているけれども、もっと下の方で造るべきです!」とのことを耳にしました。的を得ていますよね。





日本一周を目指している方の多くの青年がリストラや倒産に遭った被害者です。この際に日本一周を目指しています、という日本一周の動機をあかしてくれました。中には自らの意思による退職もありました。その他、大学生もおられましたけれども。





理由など関係ありません。私は、日本一周を目指している彼たちの行動力に拍手喝采と同時に、陰ながらですけれども心から応援をしています。





以上のような社会情勢も相まって、これからは、自転車での日本一周を目指す青年が増えてくるはずです。そのためにも安心して走行する事のできる国道であってほしいものです。







(2)道の駅(総括)

自転車の旅を通じて、人との出会いと同様、深く心に残っているのが「道の駅」の存在です。


123回宿泊したうちの60回が道の駅で寝ています。ですから道の駅があったからこそ成し得た日本一周でもありました。それだけに思いでも深いわけです。


道の駅には二つの要素が含まれていると思います。


ひとつは、道の駅が地域の活性化に不可欠で重要な役割を担っていることです。


例えば、道の駅によっては農産物や魚介類などが販売されていました。農産物については、農業に携わる方々が早朝から軽トラで運び込む姿をずいぶん目にしました。その姿を見ると、ほんとに生き生きとしていました。道の駅を通じての現金収入の大切な場所なんですね。


一方、漁業についてですけれども、やはり魚介類が活発に販売されているところは、客もけっこう賑わっていましたし、道の駅も活気に満ちていました。


道の駅が地域の活性化に大きな貢献をしていることは間違いありません。


もう一面の道の駅ですけれども、車での旅人を呼び込む役割をしています。旅人に買い物の提供としているだけではなくて、休憩場所としの役割も担っています。夜になると駐車場が、遠くから車で来られた方々の寝るための場所にもなっているんです。

 

道の駅のお手洗いは24時間解放にされていますから、とても便利な場所です。また道の駅によってはそばに温泉もあります。ですから観光を楽しみながら道の駅を利用されている方をけっこう見かけました。宿代が節約できますから、ガソリン代や食事代に回せて一石二鳥なんですね。


そして個人的には、この場所を通じて多くの方との出会いが生まれました。


ただ、これは私たちのような自転車や車での旅をされている方々を含めて、ある意味、贅沢な方々の旅の一面を見ているわけですけれども、一般的に気付かれていない面もあります。


それは、道の駅を住まいの場とされている方がおられることです。数年単位にも及んでいるケースさえあります。車を駐車場に止めてからそこを寝床にされています。


かと思えば、24時間解放されている休憩室を寝床とされている方もおられますし、休憩室が解放されていない道の駅では、屋根のある場所を寝床とされておられる方もいました。


私たちが当たり前のような日常生活をしているその裏で、このよう方々が実際におられることです。もちろん人それぞれの事情があると思います。


一般的に道の駅は、夏場の閉店が18時で、これを過ぎると17時のところがほとんどです。閉店間際になると「蛍の光」のメロディーが流れます。するとそれまで賑わっていた道の駅にいた人たちの姿が見られなくなるんです。


この時間帯がいちばん嫌いでした。なんだか侘びしくなるんです。この一瞬は、まさに孤独との闘いです。それでもその場所から逃げ出すことはできませんから。


寝る方法は、テントを張るのか寝るにふさわしい長椅子等があれば、そこで寝ることです。最悪のケースは、私の場合は何度となくありましたけれども軒下の石の上に新聞を敷き、その上にテントの下に敷くシートを広げてから、寝袋で寝ました。


結論として得たことが、日々何気なく当たり前のように寝ている家について、私は感謝の気持ちを忘れていたと思います。家の中の布団で寝られる、このことだけでもほんとに幸せなことなんです。道の駅を通じて気付かされました。


なお、余談になりますけれども、すべてではありませんが活気がみなぎっている道の駅には、乗用車やバスで訪れる観光客で賑っていました。


では、道の駅の活気の差はどこにあるのか、についてですけれども4点あると思いました。


(1)売店に、魚介類や農産物・食品類が豊富に陳列されているところ。


(2)開設された道の駅の場所が元々観光地のそばにある。


(3)道の駅のそばに温泉があるところです。


(4)、(1)~(3)に加えてやはり開設場所です。


それに、なんといっても、やる気ですね。自転車での日本一周と同じです。




(1)旅を通じての出会い(総括)

(1)旅を通じての出会い


自転車での出発以前から最も期待していたのが「人との出会い」でした。


でもこればかりは、当たり前のことですけれども、旅立ってみなければ予測出来ないことでした。


いざ旅立ってみると、世間にはまだまだ思いやりのある方の多いことに気付かされましたし、私が想像していた以上の素晴らしい巡り合いがありました。とりわけ親切なご厚意を頂いたことに関しては、やはり生涯忘れることが出来ないほど、私の心に今でも鮮明に残っています。


すでにブログで綴っていますけれども具体的には、一回目のパンクのとき、空気入れが役に立たず立ち往生していたときに、多忙な中にもかかわらず自転車をトラックへ積み込んで自転車店まで搬送してくださったこと。


キャリアが破損したことから身動きが出来なくなったとき、自転車を軽トラックに乗せて最善の手助けをしていただいたこと。


真夏の厳しい上り坂のとき、通り過ぎたコンビニまで引き返してから「かちわり氷」を届けてくれたこと。


また、コインランドリーを寝床として提供して頂いたこともありました。


かと思えば、ペーパーに住所と名前・電話番号を書き込み、「私の家で泊まってください」と手渡してくれた方がお二人いました。


その他、同じ日本一周を目指していた青年との楽しい語らいのひと時が幾度となくありました。年齢差を感じることなく、語り合うことが出来たことがほんとに嬉しかったですよ。


もうそれはそれは、書けばとんでもないほど長いブログになりますので、ほどほどにしておきます。


結論として、自身が受けたご厚意を、自然体で他の方へ施してあげることです。優しい思いやりのできる人間であることを無言の中で教わりました。


あとは行動で示すのみです。ささやかなことでもいいから、勇気づけてあげるための手助けをしてあげたいですよね。











日本一周の旅(総括)

自転車での日本一周を終えて、既に3週間が過ぎました。時間の経過の早さに驚きます。


退職2年余りまえに描いていた日本一周の夢がなんだか、あっという間に終わってしまいました。当初の構想では自動二輪車での日本一周でした。それがクロスバイクとの出会いから、その夢が自転車に変わりました。


4カ月間わたる自転車の旅を通じての私なりの思いを、総括として、次の5点に分けて綴ることにいたします。


なお、自転車の旅につきましては、次年度になりますけれどもホームページを開設しますので、その中で書き込みたいと思います。


(1)旅を通じての出会い。


(2)道の駅。


(3)弱者への気配りに欠ける日本の国道事情。


(4)地方都市の現状(大丈夫かな日本の将来)。


(5)自転車で得た根性。



走行記録(日本一周)

次の表は、自転車の旅での宿泊に関する記録です。

以下、走行中においてのトラブルや注意点について

記載いたしました。

宿



































公園

合計
宿



6014121054432117123


※<その他>とは、

○一般物産店の軒先ベンチ(2回)。

○午前2時まで温泉のあとマクドでの不眠(1回)。                  

○龍飛崎灯台前の芝生でテント(1回)。   

○コインランドりーでの許可に基づく宿泊(1回)。

○しまなみ海道生口島休憩所(2回)。


日本一周の期間: 

  7月7日(水)~11月15日(月)帰宅(4カ月) 。

※7月14日(水)の朝、静岡県を走行途中にキャリア(荷台)破損のため、一週間の走行中断。

  7月21日(水)、同じ場所を起点として再出発をしました。


走行距離: 

11,493Km


トラブル(自転車): 

(Ⅰ)パンク


パンク8回(交換の都度、新品のチューブを使う)。 


8回目のパンクが北海道稚内を目前にして起こりました。このとき タイヤ交換も行いました。

以後、新潟・宮崎・高松でタイヤを事前交換することでパンクを未然に防ぐことが出来ました。


(Ⅱ)荷台の破損(注意)

荷台の破損・取り替えを4回行いました(静岡・新潟・宮崎・高松)。

私の自転車の荷台は、アルミ? でした。出来れば、丈夫な材質を選んでおくことが重要です。


日本一周を試みる過程で、やむ終えず同じ材質のものを使う場合は、必ず予備のキャリアを準備しておくべきです。

 

また、キャリアを固定してあるネジがゆるみますので、時には確認をする必要があります。これを怠ると致命的な破損こ繋がります。

 

私は、自転車をイオンのスポーツオーソリティで購入いたしました。この店が全国ネットで展開されていますので、荷台をその地方のお店へ発送して頂くことができましたので、トラブルが発生した時でも宿で泊まるこを避けることができました。

        

もう一点注意すべきことは、スポークが折れた、と言う体験談をお聞きしました。これを避けるためには、荷物を前後輪に振り分けて乗せることが重要です。同時に、出発時の自転車は、できるだけ信頼できる状態の物をお勧めしておきます。


その他タイヤ交換: 

前輪(2回=このときチューブも交換)。

後輪(4回=このときチューブも交換)。



ト ラ ブ ル(体調面)  

(Ⅰ)股関節の痛み(整形外科で痛み止めの注射で完治)。

宮城県を出発しようとした早朝、股関節が痛くなり、これ以上自転車のペダルをこぐことは不可能な状態になりました。

 

その日すぐ整形外科を伺い痛み止めの注射を打ってもらうことで翌日には完治し、以後、再発をしてません。このときの爺の「何がなんも中断できない。日本一周を成し遂げる!」との強い意志が股関節の痛みを飲みこんだようです。


(Ⅱ)目に鉄粉が刺さる。

走行途中に突然、目の痛みを感じたことから眼科をお伺い。


診察の結果、目に鉄粉がふたつ刺さっていることが判明。鉄粉を取り除いて頂くことで完治しました。


原因は、恐らく大型トラックやダンプカーの往来の激しい時に起きましたので、そのためだと思われます。

  

(注意) 間接的なお話ですけれども、同様の体験をされた方がおられたうでして、その方は我慢をして走行していたものの目の痛みと視力が落ちて見えなくなったために、その場で救急車の要請をしたそうです。そのときは失明寸前になったとのお話を聞きました。

 

私のときも医師の説明では、鉄粉なので時間が経つと錆がでるので、その状態で時間が経つと大変なことになります、との説明を受けました。くれぐれもご用心を。



足首の腫れ(体調面): 足首の腫れとかゆみ。

静岡を走行中のころから、かゆみを伴って足首が腫れてきました。


整骨院を伺ったりもしましたけれども、結局完治しませんでした。どうやら、原因は、アブや蚊などに刺されたことによるものと思われます。熱を取り除くために冷湿布を使ったところ治りました。


真夏の間、山間部を走ってると上り坂での低速走行になるとやたらとアブが寄ってきました。



事故の危険性: 3回。

いずれも相手方の傲慢な運転と不注意によるものでした。でも、なんとか事なき終えることが出来ました。事故は紙一重。いくら自身が気を付けても、相手方の不注意で発生する事故がほとんどです。61歳で出発した爺が、事故もなく帰宅できたことが奇跡であったように思います。



携行するべきもの:

自転車の照明はとにかく明るいものを取り付けて下さい。けっこう夜間走行もありますしトンネルを通ることが多いですから、照明が重要になります。その他、風邪薬などの医薬品。


来年度の夏以降に日本一周を目指す方にとっての道しるべ(参考)となることを願っています。まだ、このあと

続きます。


バス停

日本一周をする過程で、地域のバス停をたくさん目にしながら走りました。


そのなかでも、ひときわ目立ち心に残っているのが北海道で見たバス停です。


添付写真で見るバス停のようにすべてが立派なわけではありませんが、基本的には同様の形なんです。

本州やその他で目にしたバス停と異なる点は、北海道のバス停には正面に扉が備えてあるてんです。

寒冷地方ならではの対策なんでしょうね。

ところで、自転車やライダーが北海道を走るうえで、このバス停が随分お役に立っているようなんです。

走行途中で寝床が確保できなくて、たまたまバス停が目に付いたときはバス停で寝た、という話を随分聞きました。

さすがに私は、バス停で寝た経験だけはありませんでしたけれども。

北海道の夏は、関西地方と比較してみましてもたしかに涼しいです。ですからバス停正面の扉を閉めても暑さについてなんら問題ないはずです。それにバス停だと仮に熊が来ても心配する必要がないですからね。

北海道のバス停についてでした。




北海道のバス停です。正面に扉が付いています。

寒さに備えているんでしょうね。
自転車で日本一周を目論むオヤジ(H22年11月15日 日本一周を完走)




沖縄のバス停です。さすがき強固に出来ています。

北海道とはまた異なる台風に備えての構造なんですね。

自転車で日本一周を目論むオヤジ(H22年11月15日 日本一周を完走)

携帯電話

日本一周をする過程で、ブログ更新をする意味も含めて、携帯電話で随分写真を撮りまくりました。


でも結局、日々走り込むことに夢中となり、ブログ更新のできなかったことの方が多かったように思います。


当たり前のことですが、そのうち携帯電話の容量も満杯とったことから、どれかを消去せざるを得なくなってしまったんです。そのため、随分大切な写真を消去してしまいました。


馬鹿な爺のことを笑わないでくださいね。携帯電話については、この程度の知識しか持ち合わせていなかったんです。


ほんとは事前にチップを備えて置き、そちらに移動(ないしコピー)をするための段取りをしておけば消去する必要のないことに、後ほど気付いたんですよ。


走行しているときに、なぜかふと気付いたんです。そこで走行途中のドコモ店をすぐお伺いしました。


あ~どうしてこんな単純ななことに初めから気付かなかったんだ! とほんとに情けなくなってしまいました。


日本一周をしている過程で、電話機能を駆使できなかった自分が実にみじめに思ったものです。


出発前に取り急ぎ身に付けたのが、ブログの更新機能でした。あとは、天気予報の確認のみでした。


ま、仕方ないか? 携帯電話を軽く見ていたんだから。これまで携帯電話について、通常の電話機能さえ使うことが出来ればそれでいい、と高を括っていたんですから(同時に贅沢は避けるでした)。


でも、自転車での日本一周を通じて感じたことのひとつに、携帯電話の機能をいかにうまく駆使できる否かによって、旅の行方を大きく左右することに気付きました(遅かった)。


よって、今日は(12月1日)は早速ドコモショップへ出向いて、今日から予約受け付けのスマートフォンの予約をしてきました。


善は急げ! 何事も前向きに取り組むのが我が持ち前。とにかく時代の先端に乗り遅れたことを深く反省。今度ばかりは後れを取らずに、携帯機能を吸収したいですね。


ちなみに、無駄遣いの典型で何の自慢にもなりませんが我が爺、パソコンに関しては4台目になります。でも残念ながら中身は空っぽなんです。