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増本世志夫

Author:増本世志夫
写真は、和歌山県内にある「紀伊日ノ御埼燈台」です。
定年後、日々余裕ができたのでアメブロを始めたのですが、平成25年9月15日、当ブログに引っ越しをしました。思いつくままに綴っているところです。
 右サイドバー、リンク上段の「自転車で日本一周の旅」は私のホームページです。

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~がんにならない生き方

ラジオ深夜便  こころの時代(編集・発行NHKサービスセンター)」という雑誌(780円)を買って、早速読んでみました。


この本は、NHKがラジオを通じて放送されたものを、特選集として編集・発行されたものなんです。


本を買った理由は、ずっと以前この放送を興味深く聞いていた時期があったことからなんです。


で、そのなかで「2003年4月4日」に新潟大学大学院・安保徹教授が放送されたものなんですが、「免疫から見た心と体 ~がんにならない生き方」について、ちょっと注目すべき事柄がありましたので、取り上げてみたいと思います。



<抜粋>

1)・・・私たちが診たがん患者さんはほとんど例外なく、十人のうち八、九人までが、発病前の一、二年間に目を回すようなストレスに襲われていました。・・・


2)自分の生活パターンを見直して心の持ち方を変えること、がんの宣告を受けてからの苦しい期間をなるべく短くすること、リンパ球を減らす抗がん治療をしないということ、副交感神経を刺激する食べ物を摂ることが大切だと思います。


3)玄米は、現在の食べ物の中では最高だと思います。・・・玄米を主食にして、野菜やキノコを食べて、運動をしたり入浴をしたりして血行を良くする生活をすれば、がんになりやすい生き方から脱却できます。


4)がんになった人はみんな、顔色が悪いんですよ。つまり、交感神経緊張状態が続いて血行が悪くなり、血が体の隅々まで回っていないんですね。手足も冷たいし、便秘もするという状態になっていますので、運動したりして、まずそこから脱却するべきです。



ごく一部を取り上げてみました。


この本を読んでから、なんだかがんに対する考え方が変わりました。


「運動」といえば、自転車を愛する方については、これ以上の運動効果はないでしょうね。往復100キロ圏内のサイクリングは当たり前だし、楽しみながらしかもダイエット効果抜群の乗り物だと思います。









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交通規則を順守しよう

<Pブレーキのかけ忘れ>

私が病院から出たところ、出入り口の少し外れに一台の軽自動車が止まったんです。70歳位と思われる男性が下車したんです。


すると、男性が車の前に差し掛かった時、突然、車が動き出したではありませんか。


車の動きに気づいた男性は、車の正面・バンパーの前に立ちはだかり、動く車を止めたんです。


明らかにPブレーキーをかけ忘れているんですね。


そのことに気づいた男性は、早速、車へ乗るために車から手を離したんです。


すると、当然、車がまた動きだしたんですね(少し傾斜になっているんです)。


私は、すぐ動く車を抑えに向かったんです。


このあと男性に指示をしたうえで、車に乗ってもらったんです。


なんとも、お粗末なんでしょうか。と言うよりは、一歩間違えると確実に交通事故を招くことになりますよ。




<自転車の飛び出し>

上記の出来事の後、自転車で帰宅途中、直線の優先道路を進行中のことでした。すると突然、死角の脇道から20歳後半と思われる女性が乗るママチャリが飛び出してきたんです。


私は、驚きながらもとっさにブレーキを掛けました。


当然、女性も驚いたんでしょう、急ブレーキを掛けたんです。


すると、双方の自転車の停車位置が、なんと女性の自転車のちょうど中央・ペダルの位置で私の自転車が止まったんです。


それでも、かすかに当たりましたね。その瞬間、女性の左足も地面に付きました。辛うじて転倒を免れたんです。もしもこれが高齢者であったなら、転倒を免れることが出来なかったでしょうね。


このあと、女性もバツが悪かったんでしょう。「スミマセン」と言ってから、すぐ反対車線へ移動しかけたんです。


そのとき反対車線側には、乗用車が目前に迫っていたんです。


反対車線へ移動しかけた女性に向かって「危ない! 車が来てる!」と叫んだんです。


私の大声で、さすがにその女性も動作を止めましたね。


それにしても、無茶苦茶な運転やわ。



<車線変更>

上記の問題を終えたあと、約20㍍程走ったあとのことでした。


まだ、胸の鼓動も正常に戻っていない状態で、交差点に差し掛かりました。


そのときです。反対車線の右折ライン側には、赤信号のため一台の乗用車が止まりました。運転しているのは男性で、恐らく70歳前後だったと思うんです。


信号が青になったんですが、その男性は交差点の右折ラインであるにもかかわらず、急に直進ラインへと進路を変えたんです。ところが、後続には若い男性の運転する乗用車が直進してきたんです。


当然、後続の男性は驚いたと思うんですが、急ブレーキを掛けることで追突を免れたんです。


交差点で止まる間際の出来事を目の当たりにしたわけですが、このケースも明らかに年配男性のルール違反なんですね。



短時間で3回も驚きに遭遇しました。ほんとに恐ろしいですね。



交通規則を順守しましょう。


椿と山茶花(サザンカ)の見分け方?

2月24日付けで、「PaPageno(こちら )」さんのブログを拝見いたしました(タイトル=椿)。


「椿なのか? 山茶花なのか?  ・・・・僕の周りに椿はな~い!

 ご存知の方、教えて下さい。」



椿に関するブログなんです。



そこで、私もその道の専門家でもなければ特別に知識を持ち合わせているわけでもありませんが、たまたま手元に持ち合わせの写真を表示したうえで、分かる範囲での素人解説をさせて頂きたいと思います。


少しでもお役に立てれば有り難いですね。



(山茶花=サザンカ)

12月前後を中心として咲きます。このよなことから、3月も間近になると関西では、ほぼ散ってしまいますね。勿論、まだ見ることはできますが。おもに生垣や街路樹などに良く使われているのを見かけます。


開花を終えるとたしかに「花びら(花弁)」が、一枚ずつパラパラと落ちますね。


地面に落ちている花びらが見えますでしょうか。

花びらが散らばっているはずですが。
自転車で日本一周を目論むオヤジ



私のブログでも使っている写真です(山茶花=サザンカ)

次に示す、椿との違いが分かると思います。

「椿」よりも花びら(花弁)が多いと思います。

それに、開花の仕方がパッと広がっている感じですね。

花粉周辺の違いにもお気づきかと思いますが。比較してみてください。
自転車で日本一周を目論むオヤジ



山茶花(サザンカ)の葉っぱです。

山茶花の葉っぱは、確かに椿よりもツルツルに欠けます。

葉っぱのふちが、確かにのこぎりのようにギザギザがはっきりと見て取れます。

それと、葉っぱが椿よりは、やや細長いかんじですね(椿よりも葉っぱが、少し小さいです)。

自転車で日本一周を目論むオヤジ




(藪椿)

開花は、これからが満開の時期ですね。ですから3月前後によく咲くはずです。

開花を終えると、確かに花びらがバラバラに落ちるのではなくて、花そのものが落ちてしまうんですね。


このようなことから、植木屋さんからお聞きしたお話ですが、「椿は、花がぽろっと首ごとおちるので、サムライは首を落とされるようで、椿を嫌っていた」と言うことを記憶しているんですが。なるほど、と思ったんですが?


これが、なによりもの証拠です。この状態であれば、間違いなく「椿」ですね。判断材料の大きなポイントです。
自転車で日本一周を目論むオヤジ



山茶花(サザンカ)と違って、花がややラッパ状になっていることが分かりますか。
自転車で日本一周を目論むオヤジ



比較して見れば分かるはずですが、花びら(花弁)も山茶花(サザンカ)より

も少ないと思いませんか。
自転車で日本一周を目論むオヤジ



「椿」の葉っぱです。山茶花の葉よりも、やや広くて大きいと思います。

山茶花(サザンカ)の葉っぱとの微妙な違いがお分かり頂けるでしょうか。

葉っぱをこすると、確かに山茶花よりもツルツルしていますね。

それに、葉っぱのふちも確かに異なります。

比較できないのが残念ですが。
自転車で日本一周を目論むオヤジ


以上です。少しくらいお役に立てたでしょうか?





梅田スタジアム構想(続編)

大阪・梅田駅そばのJR貨物駅跡地に国立球技場の誘致を目指す「大阪駅北地区大規模球技場誘致検討協議会」が19日発足された(梅田スタジアム構想)。



当初、大型スタジアム構想は、東京へのオリンピックを誘致とセットで取り組んでいたようだ。が、誘致に失敗したことから、日本サッカー協会が大阪・梅田の一等地へ目を向けたのである。



日本サーッカー協会は、2018年と22年のサッカーワールドカップ(W杯)招致を目指しているが、そのためには8万人以上の収容可能なスタジアムが必要となる。



同時に課題である資金面についての議論が交わされたようである。資金は、土地取得費を含めると約一千億円にも及ぶそうだ。



費用の捻出方法について、平松大阪市長は「資金は国にお願いしたい」としたことに対して、橋下大阪府知事は否定的な意見を述べるなど、意見の相違がみられた。



確かに、お互いの意見にはそれなりの根拠がある。ただ、国がこれだけ莫大な負債を抱えていたのでは、そこから費用負担のお願いをすることには無理がある。



そこで私は思うのだが、少々無茶な意見であることを承知の上で申し上げるが、大阪府民へ寄付を募ってみてはどうだろうか。



話は異なるけれども、現在の大阪城天守閣の再建には、大阪市民の寄付によって復興されたものである。いざとなれば、大阪市民と言わずとも大阪府民は立ちあがると思うのだが。



後は、誰がリーダーシップをとるかである。がんばれ大阪。





浅田真央選手の表情が良い!

フィギュアスケート女子が、日本時間の今日からいよいよ始ります。



テレビでは午後からの放送になっていますので、とても楽しみです。



で、フィギュアスケート女子と言えば、どうしても浅田真央選手に目が向きますし、期待も寄せてしまいます。



でも、昨年末行われたグランプリでは、着地に失敗するなどの不安定さが目立ってしまいました。さすがの浅田真央選手の表情もかなり暗かったように思いました。



でも今回、テレビの画面を通じて見る浅田真央選手の表情がとても明るいんですね。なんだか見ている私たちまでもがリラックスできてホッとしました。あれって、余裕の表情と見たんですが。



浅田真央選手のリラックスしたあの明るい表情を見て、この大会でなにかやってくれるんでは、の予感を抱きました。



一方の、キムヨナ選手なんですが、気の毒なほどに重苦しい雰囲気であることが見て取れました。あのピリピリした暗い表情は何なんでしょか。私は思うのですが、恐らく現時点でのチャンピオンであることへの重圧感、加えてキムヨナ選手に対する韓国国民の過剰なまでの期待感等がプレッシャーとなっているんではないでしょうか。



韓国のマスメディアは浅田真央選手のことを、今のキムヨナ選手にとってライバルではない! と豪語していましたが、はたしてその結果はいかに。五輪という大舞台だけに、全員何がおきても不思議ではないでしょう。



最後に笑うのは、これまで培ってきた豊富な練習と実績、それに強靭な精神力を兼ね備えた選手でしょう。




土佐文旦

叔母からの贈り物で、今年も高知県・土佐文旦が届きました。


この季節になると、叔母が高知県の生産農園の下へ注文をして、我が家へ発送してくれるんです。


近年、家庭からのミカン離れが顕著であることが、テレビを通じて伝えられていました。


その原因は、「ミカンの皮をむくのが、めんどくさい、手が汚れる」ところにあるようなんです。


「ミカンと文旦の違いは?」


そうですね、決定的な違いは大きさなんです。それと、ミカンの場合は「あたり、はずれ」がありますよね。つまり、お店の主人の「美味しいですよ」のことばを信じて買ったものの、食べてみるとすっぱくてとてもではないけれども食べられない、このような経験をされたことがあるかと思うんです。


私の経験上、文旦には、はずれがないんです。


もう一点、日持ちがするんです。ミカンは腐敗するのがやたらと早いですね。あれって思うんですが、恐らく農薬も関係しているんじゃないんですか?


叔母から頂く文旦は、減農薬、除草剤の使用なし、肥料は有機100%と自負されておられるです。どうやら日持ちの秘密もここのところにあるような気がするんです。


「味は?」


微妙なほろすっぱさの中にも、適度な甘味を含んでいるんでっす。触感的には、例えば、小さいエビを食べた後で伊勢海老を食べる、そんな感じですか。要するに、ボリュームがあるんです。口に含むと癖になるんです。


機会があれば、皆さんも一度試食してみてください。


食の仕方は色々ありまして、レシピを見ますと次のような調理方法があるんです。

①文旦ロールケーキ

②玉ネギののドレッシング

③スコーン

④ホットケーキの文旦マーマレード添え

⑤文旦と小夏のマーマレード



自転車で日本一周を目論むオヤジ

        

      

       

    <箱の中はこんな感じです>
自転車で日本一周を目論むオヤジ




<PCの上に乗っけてみると、結構デカイ>
自転車で日本一周を目論むオヤジ

           

           

私はミカンと同様のシンプルな食べ方をしています。

自転車で日本一周を目論むオヤジ



<少なく見えますが、一個食べると、かなりお腹が膨らみますよ>
自転車で日本一周を目論むオヤジ


購入先はこちら



MADEIN CHINAAの靴

昨日の夕方、出かけようとしたところ、甥っ子が「靴が履かれへん」と言う。



どないしたん? と、問い返してみると、



サッカーしていて一回蹴ったら靴の先が開いてしまった、と言うことであった。なんと、ひとシーズンも履けなかった。



        (この靴です)
自転車で日本一周を目論むオヤジ




私が、あ~それは「MADE IN CHINA」の靴やろ。「ちょっと見せてみ」と言ってから靴を確認して見ると、みごとに「MADEIN CHINAA」の表示がしてあった。


自転車で日本一周を目論むオヤジ


以前、百貨店の通販を通じて、電話台を買ったことがある。雑な仕上げを見て驚いたことがあった。



最近の中国製品は、デザイン等見た目は確かに良くなったのだが・・・?



それでも、日本製品と比べると、まだまだ耐久性につて劣ることは確かである。



この靴は、母親がデザインが気に入って、2,000円弱で買ったもの。だからダメになっても仕方がないと、さばさばしてはいるけれど。




氷がとけたら何になる?

氷がとけたら何になる?」


実は、昨日の朝日新聞・天声人語のなかで取り上げられていたものである。


その内容は、伝聞だったので「虚実はおいて」と断ったうえで、との記事に対して、60代の女性からの便りで、「氷がとけたら何になる?」の問いに「春になる」と、子どもの時代に答えていたというものである。


この問いに対して私は「水になる」と頭の中で答えた。



ところで、この女性は子どものころのことで、この問いに「土がでて春になる」と答えたところ、バツをもらったと、いう内容の手紙を朝日新聞社へ出されたようである。答は、勿論「水になる」である。


この答を読んで私は、なるほど、と思った(私だけなのかな)

春になると書いた理由について、子どもの時代、「クロッカスなどの球根を庭に植えた。春になると真っ先に球根の上の雪がとけ、丸く小さく地面が見えた。やがて美しい緑の芽が出る。その印象が答案になったのでしょう」と書かれていた。



私の頭の中では、このような考えが浮かばなかったので、実に単純で当たり前の答しかだせなかったのである。実に柔軟性のない頭と言うのか、回路の単純さに苦笑いした。要するに、木を見て森を見ない、と言う頭の視点である。



この記事を読んだあとで、以前、京都の国語教育を専門とする学習熟の授業模様がテレビで放映されていたことを思い出していた。


その授業内容は、徹底的に本を読ませることと徹底的に書かせることである。例えば、三コマ漫画を題材に使って、各自思ったことを書かせたうえで、文章としてまとめるのである。


これを繰り返し行ううちに、観察力が増すので、文書の組み立てもおぞずと素早くなってくる。このことは、他の教科にも共通している、と塾長が語られていた。


ここで感じたことは、常識にこだわることのない物の見方。そうすれば、必要な時には他の人と異なるざんしんなアイデアも浮かんでくることを実感した。







ヤドカリ理髪店

大阪府内では、コンビニがオープしたかと思えば、いつの間にか閉店されていることがあります。



で、待ってましたとばかりに、閉店されたお店の改修工事をしたあと、ヤドカリのように理髪店が入り込むんです。



そこで今、オヤジの行きつけの理髪店が、このヤドカリ理髪店なんです(まことに失礼)。



縁があり昨年の8月からお世話になっているんです。



そこで昨日、散髪へ行ったので一度、所要時間を計ってみたんです(決して意地悪をしようと思ったのではありませんよ)。



その前に、当日の調髪料金は、総合調髪で 1,785円でした。



総合調髪とは、顔剃り、洗髪が含まれているんです。



ちなみに、調髪だけだと 1,470円なんです。



タイムは、なんと13分でした。 



あの手さばきの早さには、ほんとにビックリしました。



そら早いわけや。



これではまるで、オヤジの頭は、ひと山なんぼのバナナの叩き売りと同じやん、と思ってしまいました。



とほ、とほ・・・






無題(8)

今日で無題(8)回目になりました。


すべて、偽りなく書き込みました。まだまだ、驚くべき事実がありますが残念ながらそのことを書き込むことができません。一応、この辺で終わりとさせていただきます。



それでは最後になりましたが、神さまについてつづってみたいと思います。


私の妹は、もともと神さまと交信が出来ることに気づいていませんでした。それが、ふとしたことがきっかけとなり、神様とも交信のできることに気づいたのです。ただ、ここで経緯を書き組みますと、かなりしつこい文章になってしまいますので、控えておきたいと思います。


私の弟は、株式会社を創設しています。でも、創設当時は、資金の調達も含めてそれはもういばらの道でした。早い話が、倒産の危機にひんしていたんです。


そうした状況の下で、妹が会社を伺ったんですね。


そこで、真っ先に目を向けたのが神棚でした。それは、事務室の一角の高い位置で祭られていたんです。


でも、妹から見た神さまの祭られている位置は適切でなかったんです。そこですぐ神棚の位置変更などきめ細かい指示をしたんです。そのあとは、神棚に必要な物の調達や配置をしました。


次に確認したのが、神さまを置くことにした窓の外側、つまり事務所裏の通路でした。確認をして見ると、ゴミを含めてかなり散らかっているんです。おまけに、必要でなくなった物が無造作に置かれていたんです。


そこで、すべての物を片づけさせたあと、ゴミひとつなくなるまで清掃させたんです。


数日後、妹が確認をして見ると、見違えるほどに美しくなっていたようです。


妹が清掃の指示をさせたのは、神様の通り道に当たるためでした。なので、徹底的に清掃の指示をしたんですね。


最後は、会社の敷地周辺(主に正面全体)へお酒をまいたんです。これは、一回で終わることなく、定期的に行いました。今でも行っていますが。


そして最後は、弟と相性の良いお不動さまを紹介し、本人をお不動さまへ連れて行ったんです。ここでは、お焚火の前へ座り祈願を唱えて頂きました。


さて、これを繰り返すうちに不思議と資金の流れも、徐々にではありますが上向いてきたんです。それに加えて新たな仕事も入りました。また、大阪府外へ支店を置くこともできたんです。


勿論、まだまだ、安全の域に達していませんが、少なくとも業績が徐々に上向いていることは確かなんです。


勿論、本人のたゆまない努力のあることも確かです。でも、少なくとも神さまの存在を否定することはできません。


今でも妹は、さまざまな面でアドバイスを与えています。例えば、いつ頃、新しい仕事が入っるなどの情報や、どの時点で新しい仕事の話をストップする等について伝えているんですね。


このようなことから、私と同じで、当初霊の世界や神さまの存在について無頓着な弟でしたが今では、妹に全幅の信頼を寄せているんです。




<最後に>

妹は出生した時、かなりの未熟児でした。生死をさまよったんですね。だから、もしかすると神さまが妹に特別な力を与えてくれたんではないかと思っているんです。


世の中には、ほんとにこのような人がおられるんです。


ただ、人の弱みに付け込んで高額な商品を買わせるなどの霊感商法的なことを平気で行っている方のおられることも事実です。十分気をつける必要があると思います。


これまで妹は、東京在住の方から、東京でのお仕事のお誘いを受けたこともあります。また、宗教団体へ入ることもできたようです。勿論、修行の道もありました。しかし、いずれもお断りをしてきたんです。


今後は、少しでも皆様のお役にたてることを願っているところなんです。


最後に、設定ジャンルに程遠い内容となりましたことを、お詫び申し上げます。













無題(7)

帰りたい、助けて~」と言う子供の声が・・・



妹がお客様の自宅をご訪問し、要件を終えての帰宅途中の出来事だったんです。


友人が運転する車で走行中のことでした。


帰宅時間は深夜のことです。その日の夜は、大雨だったそうなんです。


深夜であることから当然、真っ暗です。そのような条件の下で走行していると、突然、「帰りたい、助けて~」と、子供の声が聞こえてきたらしいんです。


この声を聞くと同時に、運転中の友人に理由も告げず「これから指示するから、その方向へ運転してほしい」と伝えたそうなんです。


友人には、何がおきているのかさっぱり分かっていなかったんですね。とにかく言われるままに運転をしたそうです。


走行中、交差点に出くわすと友人が、「右なの、左なの」と訪ねてきたといいます。


このときの妹は、聞こえた声に神経のすべてを集中していたようで、事前に指示をしなかったんですね。

進行しているうちに、ここだ、と分かったので車を止めることを指示したんです。


下車してから一旦、妹が立ち止まったんです。


傘をさして3㍍程進んだようなんですが、声が聞こえた方向へと進むと掲示板があり、そこを見ると子供の写真が貼り付けてあったんです。要するに「訪ね人」の写真だったんですね。


でも、妹には自分の立っている場所がどこなのか、まったく気づいてなかったようなんですね。恐らく、雨が降っている、傘をさしている、暗い、等の悪い条件が重なっていたからなんでしょう。


すると、心配した友人が駆け寄ってきて、「警察の前やけど、どないしたん」と問いかけてきたらしいんです。


初めは、「なんで警察の前なんや・・・」と一瞬、考えてしまったらしいんです。


そのあと、掲示板に貼ってある子供の写真の前で透視をしたところ、再度、「帰りたい、助けて~」と言う声が聞こえたと言うんですね。


この時点で初めて、「ああ、この子の声やったんや。そうなんや、だから警察の前なんや」と理解できたらしいです。


そして、妹からでた次のことばが、「可哀そうに、この子、死んでるわ」だったんですね。


妹の透視のなかで、子供の置かれている状況が見て取れたようなんです。


掲示板の前で妹が友人に、「どないしょう、なにかあるから呼んでるんやけど・・・」と話しかけたそうなんです。


そのうち、「こんなところで立っていると、変に思われるるわ。帰ろう」ということで、帰宅したんです。


但し、ことはここで終わってないんですね。でも、これ以上のことを書き込むことができませんので、悪しからず。



なお、その後、この子供がどのようになったのかについては、まったく承知しておりません。確か、東北ないし北陸方面のお子様であったようなんですが。


妹は、言います。


時間が経つと、その人の念が薄れてくると。


また、日本もアメリカのように、霊能力者の助言も取れ入れるようにすればいいのに、と。


日々、警察官は事件解決のため、犯人を必死で追っかけています。でも、それでも限界のあることも、また確かなんですよね。


いずれにせよ、人が人をあやめることは、絶対にしてはいけないことなんです。


妹はいつも言います。「生きてる人間がこわい」と。ほんとにそのように思いませんか。



人間は「死ねばその時点で終わり」でないことを、少しでもご理解いただければとの思いなんですが。






意志を貫いた川口悠子選手

フイギュアスケート・ペアのロシア代表である川口悠子選手が3位の好発進をしたので、密かにメダル獲得の期待を寄せていたのだけれども、残念ながら4位で終わった。でも、まだ28歳なので、ぜひ次のオリンピックに挑戦をしてメダルを獲得して頂きたい。



それにしても彼女、テレビ画面を通じて見る限り、何事もないかのように氷上を淡々と滑っていたが、実はここに至るまでの道程は決して平坦ではなかったようだ。



彼女が恩師と仰ぐモスクビナ・コーチ。実はこのコーチの指導を受けるまでには、ほんとに涙ぐましい努力をなされたようである。



まず彼女は、モスクビナ・コーチの指導を受けるために、コーチへ手紙を出し続けたそうである(メールも含めて)。この熱意に、さすがのモスクビナ・コーチも、OKをだすことになったそうだ。すべてがここが始まり。



更に彼女がとった次の手段が、なんと両親も含めて誰かに相談すくわけでもなく、自身の考えで国籍をロシアへ変更したのである。すべてがオリンピック出場を果たすためにとった彼女の手段である。



意志を貫きとおした結果、この度、みごとオリンピック出場を現実のものとしたのである。



ロシアでの彼女の買い物の様子が映し出されていたけれども、テレビとは言え、ロシア語を流暢にしゃべりながらの生活を見ていると、なんの不自由さも感じさせない。彼女は、英語までも話せると言うから驚きだ。



それにしても、彼女の行動を知るにつけ、まさに「為せば成る」の見本であることを改めて思い知らされた





国母選手の謝罪記者会見を見て感じたこと


成田空港から搭乗中の国母選手の姿が放映されたようである。ところが、国母選手の着衣に違和感を抱かれた方々による苦情電話やメールが、日本オリンピック委員会に対して殺到したそうだ。



その苦情内容とは、サングラスにネクタイを緩めて付けたうえで、ズボンをずり下げてはき、おまけにシャツのすそをだしていたようである。ま、私生活であれば、とやかく言われる筋合いのことではないのだが。ただ国費が使われていること、日本を代表していること等を考えると、ちょっと認識不足ではなかったか。



このあと、現地到着後、橋本聖子団長がこれはまずい! と判断したのか、すぐ謝罪記者会見の場が設けられた。



それはそれでよいのだが、この会見を見ていて、あれ?と思えたることがあった。



会見で、記者から服装のことについて聞かれると、橋本聖子団長になにかを求めるようなそぶりをしながら「反省してま~す」と答えていた。答えた後、確か椅子にもたれかかるような姿勢をとっていた。少なくとも謝罪記者会見なのだから、その場の姿勢について、もう少し緊張感を持つべきではなかったか。



要するに、注意されたやんちゃ坊主が「めんどくせえな!」として見せるような姿勢でしか見て取れなかったのだ。



更に耳を澄ませて聞いていると、なんと彼が東海大学生(3年生)であることを知り、驚いてしまった。中学生や高校生ならともかく、これはもはや、やんちゃ坊主の一言だけでは済まないと感じた。



ところがである、ため息も冷めやらぬ間に、次に聞こえてきたことばが、既に結婚をされているとのこと。彼の人間性を疑ってしまった。いや、失礼、彼は、やはり子供なんだ、とほんとに思ってしまった。大人としての自覚のなさに驚いたのだ。



この謝罪記者会見を見ていて、石川遼プロゴルファーと西武ライオンズの菊池雄星投手のことが思い浮かんだ。テレビを通じて見る両人、あれで18歳。方や国母選手、21歳。大学生3年生であり、結婚までされている。私は、あ~、あ~、とため息がでてしまった。


さて、一連の騒動について全日本スキー連盟は、国母選手の辞退を申し入れたそうであるが、これに対して橋本聖子団長は、「競技をしないで帰国することは逆に無責任になる。・・・私がすべての責任を負う・・・」旨の発言をされている。



ま、このことはどうでもよいのだが、出発前に恐らく「結団式」なるものが行われていたはずだが、その場で橋本聖子団長が、どれほどの訓辞をなされたのか気になるところである。



今後のこともあるので、橋本聖子団長に反省を促したいと思えた。




牛ふん積み肥(堆肥)製造工場を見学(2)

 <牧場を見学,御報告2>


今日は、牛フンから積み肥(堆肥)を製造するに至るまでのご報告をいたします。


なお、すべてを書き込むことは企業機密の観点から、ちょと好ましくないのでは、との判断により少しカットさせて頂きたいと思います。


以前は化成肥料が主流であったそうですが、この肥料が高騰したころを契機として、牛フンが台頭してきたそうです。

<第一工程>

なず、牛フンと木のチップをそれぞれ区分けして一定期間、寝かすことで発酵させます。


普通、牛フン、と聞くだけで「臭い」とのイメージがあると思うのですが、それがまったくと言っていいほど、臭いを感じません。これは、ほんとに不思議ですよ。だから、最優秀賞を受賞されてるわけでしょうけれど。



左側の黒っぽく見えているのが牛フンです。

一番奥に見えているのが、木のチップです。
自転車で日本一周を目論むオヤジ
















一定の割合で、牛フンと混合させるんです。

(拡大写真)
自転車で日本一周を目論むオヤジ





<第二工程>

第一工程で一定期間発酵させたあと、第二工程のこの場所へ移して、牛フンとチップをかくはんさせます。


以前は、山の高さになるほどの牛フンがあったそうなんですが、今は、お客さまからの需要が多くて牛フンが全然足りないそうです。


だから、次の写真(手前が牛フンで、奥に見えているのが木のチップです)でもお分かりのように、小高ほどの牛フンしかありません。


この写真では見づらいのですが、発酵による湯気が登っていました。
自転車で日本一周を目論むオヤジ

自転車で日本一周を目論むオヤジ



下の機械を使って、牛フンと木のチップを一定の割合で混ぜ合わせるための作業をします。このときの時間は、1時間弱かけて行うそうでうす。ただ、あまりかくはんしすぎてもだめらしくて、発酵とかくはんの繰り返しを5~7回行うようです。


発酵している時の温度は、最高で80℃にもなるそうです。


最良の積み肥(堆肥)を作るためには、ここで半年間は寝かせておきたい、ということでした。でも、お客さまの要望に応えるためには、1~3カ月で出荷しなくては間に合わないそうですね。


でも、1~3カ月が限度の期間だそうです。これ以上早く出荷すると、袋の中で、あるいは畑で発酵するため臭いが出るからなんですね。


なお、完熟は1年であるけれども、腐葉土と変わらなくなるのであまり望んでいないそうです。また、1年も寝かせておくと、黒っぽい色が白くなるそうです。


自転車で日本一周を目論むオヤジ




<第三工程>

発酵の湯気で見づらいんですが、湯気の後ろで機会が作動しています。


第二工程でかくはんした堆肥を更にここでかくはんします。


機会は、前後しながら作動しています。
自転車で日本一周を目論むオヤジ





<第四工程>

ここに見えている機械を通過してから、袋づめが行われます。
自転車で日本一周を目論むオヤジ





<完成>
自転車で日本一周を目論むオヤジ





自転車で日本一周を目論むオヤジ




袋の中での発酵を防ぐため、赤丸印の部分ですが小さい穴が開けてあります(空気口)。

密封した状態にしておくと、袋の中で発酵したときに袋が膨らんでしまうことを防ぐためです。
自転車で日本一周を目論むオヤジ




これが、完成した堆肥です。かなり黒っぽいですね。

私も手で感触を確かめたのですが、とてもさらさらしていました。それに、この状態では、臭いもまったく感じません。驚きましたね。要するに、ホームセンターで販売している園芸肥料ですよ。
自転車で日本一周を目論むオヤジ




これが、一般の方がよくお使いになられている園芸用の肥料です。

用途に合わせた肥料を製造しています。
自転車で日本一周を目論むオヤジ




以上、完成に至るまでの概要でした。


完成後は、農協や「国華園(泉州地域では名の知れたお店です)」などへ出荷されています。


また、近年、大阪の特産品として、泉州地区で生産されている「水ナスの漬物」が有名になってきました。昨年、お昼のNHK番組において、貝塚市の山間部で水ナスを生産している農家の方の様子が、実況中継されていました。


その農家の方も、彼が生産した積み肥(堆肥)を使っています。今、この地域において、口コミで小口が増えています。この地域で生産されている水ナスは有名ですからね。


他の出荷先は、大阪府内では、箕面市や能勢町。京田辺市(京都府)や南辺市(和歌山県)などへも出荷しています。


今では、牛フンが足りないことから需要に応えられない、と嬉しい悲鳴を上げているのが現状なんです。


出荷後、最も気遣っていることは、やはりお客さまから苦情がでないか、についてだそうです。


なかには、発酵牛フンだけを使って、そこに苗を植えたり、種をまかれる方がおられるようなので、それだけは勘弁してよ、と語っていましたね。


また、希望者には地方発送もしますよ、と語ってくれました。


彼の頭の中には、良質な肥料を作ることでいっぱいのようですね。


なにかやってくれそうな友人です。



牛ふん積み肥(堆肥)製造工場を見学(二回に分けてご報告)

 <牧場を見学,御報告1>



昨日は、友人が経営しておられる牧場を見学させていただきました(グリーン産業株式会社)。



現在、牧場で飼育しておられる牛は200頭です。



お父様が健在のころ一代で築きあげた牧場を、今は亡きお父の後を御兄弟が力を合わせて継承されています。


御兄弟が牧場経営を役割分担。お兄様の方は、牛の飼育を担当。つまり牛乳の製造・販売を一括担当されています。



製造後に出荷先は、森永乳業です。



一方、友人である弟様は、牛フンから積み肥(堆肥)を製造するための加工・生産を一手に引き受けてお仕事をされています。積み肥(堆肥)完成後は、販売先への配達までされるんです。時には外交までも。とにかく良く働きますからね。



と、言うわけで、昨日は、牛フンから積み肥(堆肥)を製造するための加工・製造工場を見学させていただきました。



見学工程のご報告は、明日お伝えさせて頂きたいと思います(ご期待ください)。



ところで、弟様が製造された牛フンからの積み肥(堆肥)の製品が、平成22年1月20日にみごと「最優秀賞」という栄えある賞を、受賞されています(下の写真)。



これは、毎年大阪府下の酪農家を対象として行われるもので、毎年3事業者の方に栄えある賞が授与されます。


賞の内容は、次のとおりです。ちなみに、昨年は、優秀賞を受賞されています。


最優秀賞: 1名

優 秀 賞: 2名



審査方法ですが、製造された積み肥(堆肥)のサンプルを担当者が数回に分けて取りにきます。そのサンプルを厳正に検査したうえで、審査が行われて賞が決まることになります。



製造工程や商品のご紹介につきましては、改めて明日のブログでご紹介させて頂きたいと思います。



彼は、受賞したことについて「誰でも作れますよ」、と事も無げに返答されていましたが、決してそのように簡単に製造できる物ではない、と思ったのですが。そこのところは明日ご報告いたします。



多くのことを語らない彼なんですが、東京の大学で4年間、学んでいます。このことが基礎となり、今、開花しているように思いましたね。


                        

                     最優秀賞                          

自転車で日本一周を目論むオヤジ



それじゃ~また明日お読みくださいね。








重い腰を上げたトヨタ自動車

「プリウスのブレーキが利かなくなることがある」との苦情を承知していたにも関わらず、トヨタ自動車・副社長が「運転手のフィーリング(感覚)の問題」である、と記者会見の席で不具合について否定説明をされていた。さらに強くブレーキを踏み込めば止まることから、安全性に問題のないことまでも強調したのである。これを聴いて唖然とした。



ところがこのあと、米議会やメディアによるトヨタ自動車への批判が日増しに強まりだしたため、新型プリウスなど4車種のブレーキに不具合があるとして、43万7000台ものリコールを国土交通省に届け出たのである。更にこのあと、不具合情報についても、公表する方針まで明らかにされた。



トヨタ自動車がリコールを認めた背景には、米国での強い圧力があったから、と考えるのは至極当たり前ではないか。更に、これ以上、事実に背を向けることは、世界ブランドとしてのトヨタ自動車を益々窮地へ立たせてしまう、との危機感を抱いたからにほかならない。



一方、トヨタ自動車がリコールを認めようとしなかった要因として、当然、業績不振に伴う多額の赤字を抱えていたからではないだろうか。



トヨタ自動車が赤字転落に至った理由は、米国でのリーマン・ショックを発端として、サプライムローンが大きな社会問題となり、これらのことが世界金融危機を招いたためである。

それまで一時期、世界一の販売台数を誇っていたトヨタ自動車が円高も引き金となり、米国での販売が激減すると、一気に赤字財政へ転落したのである。



そこでトヨタ自動車の救世主の如く現れたのが「プリウス」であったはずだが、逆にこの車がトヨタの信用を失墜させてしまった。まさか、どこかの工程で手抜きをしたとは思いたくはないが、トヨタさん信用してっませ、ほんとに、とつい思ってしまう。ちなみに、私もトヨタ自動車に乗っているのだが。



過去、食品業界において、嘘の表示や表示と異なる商品が混入されていたことが判明したことから、社長が逮捕されるなど世間を騒がせてしまい、会社の信用を一気に失墜させたケースがあった。



いずれにせよ、トヨタ自動車が重い腰をやっと上げてくれた。「臭い物に蓋」ではなくて、「初心忘るべからず」の心が大切ではないだろうか。













第一委員会室

衆院予算委員会室(第一委員会室)での一問一答形式による白熱した議論が交わされている場面を、テレビ中継放送を通じて見ることができます。



ここで、政治についての書き込みをしようと言うのではありません。



機会があれば、ずっと以前から予算委員会での議論に耳を傾けていたわけですけれど、昨日、永田町トリビアというテレビ番組を見ている中で、この部屋につてのネタ話がされていました。



その中で、この部屋の広さが190畳あることを知りました。



それに、床に敷かれているジュータンなんですが、なんと一枚物なんですね。



ジュータンの値段が2,900万円なんだそうです。



なお、委員長が座っている椅子の値段についても語られていましたが、残念ながらこの数字を忘れてしまいました。



今日は、国会にまつわる小話でした。



じゃあ、また明日。






10期40年務めた市長が退任

霊について書き続けているうちに、新しいネタが流れてしまいました。


というわけで今日、明日は、別のネタについてつづることといたします。



さて、10期40年務めた吉道貝塚市長(83歳)が任期満了を迎えて退任されました。



昭和45年に大阪府貝塚市長として就任されたんですね。



皆さん、40年はすごいと思いませんか。



「ご苦労様でした」と心から思いましたね。



オヤジの青春時代から市長を務めてこられたんですね。それを思うとすごいな~と驚愕するばかりですね。



今の時代、2期8年務めれば十分と、それ以上の立候補には批判的な声(多選への批判)すら聞こえてきますよね。



でも、市民にとって必要とする政治家であれば、3期でも4期でも関係ないような気もするんですが。仮に、市民から見てダメな政治家であると判断した時は、いくらご本人が立候補しても、有権者が選挙を通じてお役御免の選択ができるわけですから、多選についてそれほど神経質になる必要がないと思うのですが。


この市長は、業者が市長室へ入ることを認めなかったようなんですね。



おみごと! 40年間務めることのできた理由が分かるような気がします。


ところで、本来は他市のことなので、市長の退任なんて、ほんとはどうでもよかったんです。



それでもつづることにしたのは、オヤジが上阪後、23年間、貝塚市を生活の拠点として暮らしていた思い出深い地であるからなんです。



この市は、バレーボールの地として有名なんですね。



旧ニチボー貝塚工場敷地内には、日本バレーボール協会がバレーボール全日本男女ナショナルチームの強化拠点とする施設があるんです。それに、有望選手の一環指導も行われているんです。







無題(6)

昨日に続き、霊についてのつづりです。


今日は、今は亡き、私の叔父についての不思議な現象についてなんです。


叔父は病気で入院後、死亡に至るまでの長い間、高知県内の病院で入院生活をしていたんです。問題は、死に至る間際の出来事なんです。


<実例2>

お話は、平成18年6月にさかのぼります。


叔父が亡くなったのは、平成18年6月3日でした。


5月半ば過ぎころでした。おばから、「今、緊急を要するわけではないが、ここのところ元気がなくなっている・・・」との連絡をうけたんです。


この後、叔父が亡くなる一周間程前でしたが、妹が突然、

「お兄ちゃん、○○おっちゃんが、トンネルの入り口手前で立ち止まり、誰かを待っているよ。姿勢を少し横向きにしてタバコを吸いながら、それもイライラしながら外側を観ているよ。立っている足元周辺には、タバコの吸いがらが沢山落ちている。だから、だいぶ長い時間立ち止まっているはずやわ。時間がないよ、早く行ってあげた方がいい。でないと、後悔するよ」と、私に伝えてきたんです。


そして、更にそのあとの言葉が、「6月3日だと思うけど、おっちゃんは、この日に亡くなるわ」だったんです。


このころの私は、この種の妹の発言に、すごく敏感になっていたんですね。つまり、霊感に対して全幅の信頼を寄せていたので、このことばを聞かされるとほんとにシャレになりませんでした。


死亡する5日ほど前に、弟が先にお見舞いに帰ってくれたんですね。このときも至って元気で、変化はなかったんです。ですから、お見舞いが終わると弟も安心して帰阪したんです。


そのあと6月3日の朝でしたが、最後に私たちがお袋を伴って家族全員でお見舞いのため病院を訪れたんです。


久し振りの面会でしたがこのときも、なんら異常は認められませんでした。寧ろ、病院を出る間際では、右手でVサインを示しての記念撮影に応じてくれたんですね。


面会した時、姉であるお袋の名前と私の名前を聞くと、ハッキリと答えてくれたんですが。


でも、このとき、なぜか妹の名前だけは、どうしてもことばに出せなかったんですよ。


仕事の関係もあり私たちは、その日の帰阪に備えて、一旦、叔父の自宅を伺うため病院をあとにしたんです。


時間も押し迫り、16時を過ぎていたと思うのですが、恐らくこれが最後になるかも知れないとの思いから、帰阪途中、再度、病院を訪れたんです。


すると、あさ訪れたときは妹の名前を口ずさむことが出来なかった叔父が、病院を離れる間際に、「○○○ありがとう。よく来てくれたな。おまえは、いい子や」と、妹の名前を呼び感謝の言葉を伝えたんです。


子供のいない叔父のことを考えるとかなり複雑な心境でしたが、病院を後にしたんです。


帰阪途中、国道沿いに温泉がありましたので、疲れを癒すべく途中下車したんです。恐らく、一時間余り立ち寄っていたかもしれません。


入浴後は、ひたすら自宅へ向かって車を走らせたんです。すると、30㌔m程走っていたと思うのですが、携帯電話のベルが鳴ったんです。応対してみると弟からのもで、「○○○おっちゃんが、つい先ほど亡くなったよ・・・」との報告が入ったんです。


この連絡を受けた私は、体の力が抜けてしまいましたね。連絡を受けた後、すぐ病院へ引き返したんです。


妹が見た映像の世界。まさしくあれは、叔父が死の世界へ入ろうとしたトンネルだったんです。その入り口に立ち、私が病院へ伺うことを待っていたんですね。面会後、それも、予言どおり3日に死亡したんです。


面会した限りでは、少なくともその日に死亡する様子は見受けられなかったんです。でも、私を見たその日に他界したんですね。



ずっと以前、テレビ番組のなかで、霊の存在について不定的な発言を繰り返していいるのを見たことがあります。


でも、それは間違いですね。人間の死後には、ほんとに信じられないようなドラマあり、新たな世界が待っているです。

それでは、また明日の書き込みといたします。







無題(5)

今日から数回にわけて、霊について、つづってみたいと思います。



<実例1>

母の知人(男性)が約1年近く入院をしていたんです。気には止めていたもののお見舞いに伺ったのは、一度だけでした。


ある日の夜のことでした。家族が応接間でテレビを観ていたときのことなんです。このとき、たまたま応接間のガラス越しの廊下に、白衣を着た二人の男性が現れたのを妹が見たんですね。


一人の方は、母が親しくしていた別の男性なんですが、以前、自殺をされてるんです。


自殺をした男性が、まだ入院をされているはず(この時点では)の男性の手を取り、二人で現れたんです。このあと、数秒すると「スゥ~」と消えたんですね。


これを観た妹は、「悪いけど、おちゃんは亡くなっているよ」と母に伝えたんです。


これを聞いた母は、「なにを言ってるの」と半信半疑で娘のことばを聞いていたようなんです。


妹は再度、「だから、すぐ今から電話をしてみたら」と母に確認を求めたんです。


すると、「あほなこと言わんとき」と、母は聞く耳もたずで、その場は終わったんですね。



でも、翌朝のことです。


友人の妻から母へ電話がかかったんです。


「昨夜、主人が亡くなりました」という連絡だったんです。


すぐにお伺いすることが出来なかったことから、約一周間後、私も含めてお伺いさせて頂いたんです。


妹も含めて三人で仏様に向かって手を合わせていると、妹の傍へ亡き友人が現れて、耳元で「茶色のタンスの下から二番目に大事な物がある。家族の者はまだ知らんから、おしえてほしい」と囁いたんです。


でも、この事実を、まさかその場で伝えることもできません。一旦、そのまま帰宅したんですね。


帰宅後、妹が、このことについて母に伝えたんです。


すると母が、「あほなこと、言わんとき。人様のタンスの中のことが言えるはずがないやんか」と一蹴。このときはこれで終わったんです。


すると、約2~3週間後のことでしたが、亡くなった友人の妻から電話がかかったんです。


その内容は、「実は、うちの人が遺言書を残していたんです。でも、今まで気付かなかったんです。亡くなることが分かっていたんですね。・・・」というものでした。


これを聞いて母が、娘から聞いていたことなので間髪おかず、「タンスの中にあったのと違うの」と問いかけてみたんです。


すると、「そうや、なんで分かったん」と驚いたんですね。


そこで母が、実は、「お伺いさせて頂いたとき、娘が、『茶色のタンスの下から二番目に大事な物が入っている』といわれたらしいので、今、それを言っているの」とその経緯を伝えたんです。


すると、「タンスの下から二番目に入っていたんです」とありのままのことを伝えてきたんですね。


このあと、お互いが驚いたそうなんです。



霊感の強い人は、この世の中には沢山おられると思います。妹のすごさもさることながら、「死んでいるはずの人間に、どうしてこのようなことが出来るの?」と、これまでのオヤジの考えてきた人間の死後に対する考えを根本から覆されているんですね。このことからもお分かりのように、人間、死ねば終わりなんてないんですよ。






無題(4)

今日は、3人目の霊媒師さんについてです。


3人目の方との出会いは、また別の友人によるものでした。これから書き込みをさせて頂く霊媒師さんのところへは、知人が2回ほど行かれたことがあるんです。それがきっかけとなり「この人がよくあたるらしいよ。一度、一緒に行ってみますか」とのお誘いを受けたんです。妹は、例のごとく好奇心半分の気持ちもあり、訪れてみたんですね。


<霊媒師(C)さん占い

友人の案内で訪れたそこは、一軒家の二階建てでした。部屋は、約10畳ほどだったようです。なかへ入ってみると既に相談者(男性)が一名座られており、相談者へ伝える霊媒師さんのことばが、まる聞こえの状態であったそうなんです。


このときの霊媒師さんは、相談者の方を振るむくでもなく、仏像に向かった状態で淡々と答えていたそうなんです。


部屋を見渡すと、正面奥の中央に二体の仏像が置かれてあり、その両サイドには生け花が添えられていたようです。



お二人の順番は、まず先に同伴していただいた友人からでした。



そして、いよいよ妹妹しが相談を受けさせて頂く順番がきたんですね。


占い:「なにを見てほしいんや」と、背を向けたままで問いかけたんです

ね。


妹し:「(相談者の顔を一度も見ることなく、『なにを見てほしいんや』と言った

ことから、ここで妹が)すみません。あなたは、『なにを見てほしいん

や』、と言うまえに、こちらを見て、顔を見てからどうして聞かないんで

すか」と問い返したんです。


占い:「顔を見なくても分かる」


妹し:「それは、おかしい。あなたのやっていることは、間違っている。『なにを

見てほしいんや』と尋ねるのは分かるけど、人の顔を見てから相談を

受けるのと違うの。私が、あなたを透視してあげるから、こちらを見て

みなさい」


占い:「何者や!! なにしに来たんや!! 」とこのときの大声は、部屋いっ

ぱいに響き渡るほどの雄たけびであっとそうなんです。


妹し:「私は、透視をしてほしいから来たんです。なにを言っているんですか」

   

占い:「帰れ!!」ものすごい雄たけびで帰れ、と突き放されたんですね。


妹し:「(この言葉を聞いた妹は、友人が支払おうとした自身の拝観料を取り

上げてその場を立ち去ったんです)」




三名の霊能者について、書き込んでみました。世の中には、多くの方々がお悩みを抱えておられるようです。そして、そうした方々の悩みに対して、親身となって相談をお受けされている霊能力者のおられることも事実だと思います。


相談者の悩みに対する助言等が、時には勇気と生きる力を与えてほどの影響力を及ぼすこともあると思います。


その一方で、私腹を肥やすことのみを目的とした方がおられることも事実です。とりわけ教祖ともなれば、信者へ及ぼす影響は、計り知れないものがあると思うんです。


悪い例が、過去、地下鉄の車内で発生した嫌な事件がありましたね。


人を信じることの純粋な心は、大切なことだと思っています。でも、残念なことですが人を信じたばかりに、身を滅ぼすこともあるんですね。今の世の中においては、進路の舵を切ろうとしている自身の行動(決断)について、今一度、熟慮してみることも必要ではないでしょか。



次回から数回にわたって、霊について、実例に基づきつづってみます。








無題(3)

今日は、二人目の霊媒師(教祖)につてです。


妹が(日時不承)、知人から相談を受けたんです。


相談内容は、「知人の娘娘さんが体調が悪いために、一カ月にわたり霊能力者の所へ通っている。ほんとに霊が付いているか見てほしい」と言うものでした。


相談を受けた後、修行場へ行って良いものかどうなのか、一瞬、迷ったそうなんです。行くのはよいが修行場には他の信者もおられるので、そこへ自分が行くのはよくない、と考えたそうなんですね。


でも、結果として、修行場へ行くことにしたんです。その理由は、「どのような人なのか知りたかったのと、それに、一カ月も通っているにもかかわらず、回復しないのは、どうしてなんだろう?」の思いからなんですね。

そして、相談者である友人の案内で修行場を訪ねたんです。


訪問してみると、修行場には、信者が13名ほどおられたそうです。そこでは、教祖(霊能力者)だれ?がお話をしながら、お焚火をされていたそうなんです。


妹は、中へ入り教祖の目を見ると同時に、「この人は、見ること(透視)ができない」とすぐ分かったそうなんです。それは、霊能者独特の判断があるようなんです。


以下、その時の模様(やり取り)です。



<霊媒師(教祖)Bさんだれ?

妹し:「(妹は、鎌をかけてやろうと、少し意地悪なことを考えたそうなんです)」


妹し:「その女性に、なにが付いているんですか」


だれ?:「悪霊が付いている」


妹し:「少し私にも、その女性を見させてください」


妹し:「(その前に、彼女を少し離れから見ている限りでは、悪霊等はついてい

ないことが分かっていました。改めて、そばで彼女を直接透視したん

です。すると、悪霊どころか、おなか(みぞ内あたり)に小さな黒い石が

数個見えているんですよ。これは、胆石だと判断したそうなんですね)」


妹し:「霊が付いていないので、すぐ病院へ連れて行ってください」と娘さんの

   母に伝えたあと、たまたま、胆石の専門医を知っていた関係もあったこ

とから、ついでに紹介したんです。


妹し:「あなたに何が見えるんですか」と教祖に問いかける。


だれ?:「俺は、6感を修得しているので見える。おまえは、4感まで修得してい

るな」


妹し:「私には、6感のことはよく分かりません。でも、私にできないことは、

霊の臭いが分からないだけなので、5感だけなんです」と反論をした

んです。


妹し:「それでは私を透視してください。何が見えますか」


だれ?:「おまえは、神様につかえる物が付いている」


妹し:「じゃあ、私があなたを透視しますね。あなたには、なにも見えません

ね」


だれ?:「お前は、何を言うとるんか」


妹し:「あの人(娘)に霊が付いていると言ったでしょ。その時点で、あなた

の負けです。あの人は、胆石です(病気です)」と、言い切る。


妹し:「いつまでもここに通わせるんですか。もしも彼女が病気でなければ、

私の負けです。結果は、後で分かるでしょ」


妹し:「(あまりにも欲深い爺さんなので『当時の推定年齢は、50歳後半』、

お焚火をしている信者さんたちに向かって)こんなところにいても、何も

変わりませんよ」と伝えた後、彼女娘を連れて帰ったんです。



数ヵ月後、知人に会い、「もう出入りするのは、やめなさい。あの小屋(修行場)は、水浸しになってつぶれるから」と伝えたんです。



妹から、「・・・水浸しでつぶれる・・・」の言葉を聞かされた知人は、にわか信じがたいと思ったのでしょう。


「そんな、あほな・・・」と、驚いたそうなんです。それはそうでしょう。周辺一帯を見まわしてみて、家が水没するような条件がないんですね。だから知人には、考えられなかったんですね。


でも、結果は、妹が伝えたとおりとなり、約3週間ほどのちになると、ものすごい大雨になり予言どおり家は雨のため使えなくなり、信者もいなくなったんですね。


知人に予言をしたとき、妹の目に、修行場が水没しになっている映像がはっきりと見て取れたんですね。見えたことをそのまま伝えただけの話だったんです(伝えた本人には映像で見えたので自信はあったそうなんですが)。


妹はいつも私に、「見えるんだから、声が聞こえるんだから、これに勝るものはない」とかなりの自信を持ってい強調しているんです。


<彼女の結果娘

数日後、検査の結果、彼女はやはり胆石でした。治療のため、3カ月入院を余儀なくされたんです。そのときの医師の説明では、「あと数日遅ければ、命にかかわるような、大変なことになっていました」とのことだったそうなんです。


後日、ご両親に会ったとき、「命の恩人です」とお礼の言葉をいただいたということなんです。このことばを聞かされて、行ってよかった、と心から思えたということでした。


彼女は無事、退院をされてその後、元気になられたそうなんです。



これ以上の思いを書き込むことは避けておきます。







無題(2)

前書き

妹が霊を感じるようになったのは、幼いころからなんです。真夜中になると毎晩のように廊下で「コト、コト」という音を耳にしてみたり、霊を目にしていたようなんです。そのため真夜中になると、独りでお手洗いへ行くことが出来きないのでそばで寝ている父を起こしては、一緒に行ってもらっていたようなんです。



妹しが霊を感じているなんて、数年ほど前になるまで知らなかったんですね。ではどうして信じるようになったのかにつきましては、最後の方で書き込みたいと思います。



今日を含めて3回、妹と霊媒師の間で、実際に取り交わされたことを忠実に掘り下げたうえで、書き込ませていただくことにいたします。



ご紹介する霊媒師さんなんですけど、地域では有名な方なんですね。多くの方々のご相談を受けておられるようなんです。



妹は、紹介者オヤジである年配の方とは、ちょっとした縁で知り合うことになり屋敷を訪れていたようなんです。オヤジも一度お邪魔させていただきましたが、とてつもなく大きな屋敷なんです。なお、紹介者は、霊媒師さんへの相談のために幾度となく屋敷を訪れていたようなんです。霊媒師さんにかなり信頼を寄せていたんですね。これ以上のことは、書けませんけども。


<霊媒師A占いさん(女性)>


オヤジ:「おまえも見えるんやから、(他に)よく見る人がいてるから、会ってみる

    か。なにかの勉強になるんと違うか」

    (この方も、かなりの大物?でした。したがって、「おもえも」という言葉に

なっているんですね)


妹し:「ぜひ会ってみたいです

 (このとき、なんで会ってみたいと思ったのかにつきましては、ほんとに見え

る人は数少ないので、その人の力を試してみたかったようなんです)


妹し:「はじめましてと、初対面の挨拶を交わす


占い:「噂で聞いていますよ。あなたは、どのくらい見えるんや。どんな修行を

したんか


妹し:「修行はしていません。幼いころから見えるんです


占い:「どうやって見るんや


妹し:「私は、目を見て透視をします。時によって見えなければ、答えられま

せん。だから、名前も生年月日もいりません

   <現在の妹は、性の確認はいたします。でなければ相手方とのやり取り

の過程で、失礼になるためです>


妹し:「(どのようにして、見るんですか妹が反対に問いかける)」


占い:「(紙を出して生年月日と名前を書いてくれ


妹し:「(問われたとおりに、書き示す)」


占い:「どんなことを知りたいんや聞きたいんや)」


妹し:「これから、どうしようかと考えています

   (自身に透視ができるので、このまま続けて行ったらいいのかを知りたか

ったためなんです)


占い:「神棚の前に座れ。手を合わせなさいこのあと、先生がお経を唱え

     す。そして、合掌した手を頭上に高くげてから上へ上げるのじゃ

答えがでると、手が上へあがるという意味なんですね)」


妹し:「(このとき、手を上げたもののなにも感じないし、神さまも乗っていない

のに、なんで手を上げるのか理解できなかったようなんです)」


占い:「(妹の手が上がらないので、お経を途中で諦める。そしてどうした?

 今後は、『修行をするのじゃと神言っている


妹し:「(このとき妹は、ハッと思った。内心、大したことないな、早く帰りたいと

思ったそうなんです。すると、このとき、神棚の上に強いものを感じ

たので、神棚の上を見詰めていると、女の神様が見えたんです。

この神の周りが光っていたそうなんですね。でも、途中で霊媒師が

語りかけてきたため、神様の声を聞き取るこできなかったそうな

です。そして、神棚をじっと見詰めていると)」


占い:「どうしたんや?


妹し:「すごいですね。女の神様がここにはいてますね


占い:「どこや。どこにいてるんや?


妹し:「(神棚の右端にいてます。見えませんか(このとき、霊媒師は一生懸

命神棚を見詰めていたようです)」


占い:「<ウゥ~ンとうなずいてからそうか、神様が下りてきたんやろ


妹し:「(この言葉を聞き、私に見えているのに、なんであなたには見えないの

かと思ったそうなんです。やっぱり見える人ではなかった。がっかり

したそうなんです)」


   このあと最後に、


妹し:「今日は、ここ(妹のそば)に○○○の霊を連れ添ってきました


占い:「『え!どこにと言うだけで、この霊媒師さんには、霊がまったく見えて

いなかったようなんです

     (このあと、霊についてのやりとりが交わされたのですが、これ以上の

ことは書けません)



帰宅途中の車内で、霊媒師さんのでかい屋敷を見た妹は、「あの方があれほどの屋敷で暮らしているんであれば私は、お城が建てられるわ」と紹介者へ伝えたそうなんです。これを聞いた紹介者「お前らしいな」と答えたそうなんです。



当然、お布施が必要となるんですね(このときのお布施は、すべて紹介者が支払ったそうなんです)。



皆さんは、どのように受け止めましたか。これ以上のことは書き込めませんが、上記のやり取り通じて、何かを感じ取っていただければいいんですけども。


  

あと二名の霊媒師さんとのやり取りを書き込みます。そのあと数回に分けて、霊と神さまについて書き込むことにいたします。



無題

おはようございます。



今日のタイトルは「無題」とさせていただきました。



その理由なんですけど、書き込みの内容について、今日から数回「」についてつづらせていただくためなんです。



でも、だからと言って、今日のタイトルを「霊感(透視)」とすることにはかなり抵抗があったんですね。ここでタイトルを「霊感(透視)」とすると、なんだかランキングを意識した手段であると思われると、それはオヤジにとって不本意なことでありますので、誤解を避けるためにも今日のタイトルは「無題」とさせていただきました。



そこで、今日から数回に分けたうえで、霊についてのつづりをさせていただきます。うさん臭い、と思われる方は、ここ数回の間、開けたブログをすぐ閉じていただければと思います。誠に申し訳ございません。



ただ、書き込みにあたりまして、次の二点についてお約束させていただきたいと思います。


①書き込み内容に「いつわり」がないこと。つまり、すべて事実に基づいて書き込むこと。


②世間でよくだましの手口として使われている「霊感商法」的なことを意図としての書き込みをしないこと。



では、どうして霊についての書き込みをされるのですか? ということになりますよね。



その理由について、以下三点なんです。


①世の中に、「神さま・霊」のいずれも存在していることを分かっていただきたい。


②神さま・霊と交信のできる人が、この世に存在していることを分かっていただきたい。


③霊感商法にだまされないでほしい。



以前のオヤジは、この世の中に神様の存在、ましてや霊の存在なんてあるはずがない、と考えていたんですね。でも、あることがきっかけとなり、神様の存在や霊の存在について信じるようになったんですね。



できるだけ、一回の書き込みが長文になることを避ける観点から、小刻な書き込みにしたいと思います。



その対象人物なんですが、実はオヤジの妹なんです(親子ほどの年齢差がありますが)。



これが、驚くほどの霊感(透視能力)を持っているんです。



今日の書き込みは、これで終わりとします。いよいよ明日から数回にわたってつづることといたします。






日本一周実行の年、実現できるのか

今年が日本一周実現の年です。



ただ、年齢を増すにつれ、本人の思いだけでは、どうしても踏み切れない事情ができてくるんですよね。



とにかく今は、出かけるための条件の整うことを見守っているんです。



ただひとつ実行できたのは、60歳を迎えると同時に身軽に(退職)したことなんですね。



一応、実行についての概要を書き込んでみますね。



出発は7月10日頃(梅雨を避けて)ですね。台風シーズンが9月なので時計回りで、まず先に沖縄を目指して走ることにしているんです。また、北海道の気候も考慮したうえで、夏の行動になるんですね。



夏は、暑さの天敵がありますが、身軽に出かけられるところに利点がありますね。それに、寝袋が基本ですから、寒くなってからの寝袋はちょっと無理なんですね。




<実行ルート>

走行は、すべて時計回りです。日本一周にふさわしいルートにするためには、可能な限り海岸に沿って走りたいですね。


 1):自宅→兵庫県(明石市)→淡路島→明石市→

 2):広島県(尾道)瀬戸内しまなみ海道→愛媛県(今治)→(四国一周)→

 3):今治→尾道→

 4):山口県(下関市)→福岡県(門司市)→(時計回りで鹿児島県へ)→

 5):鹿児島県(鹿児島本港)→沖縄県(名瀬港)→(時計回りで周回)→

 6):鹿児島県→福岡県(門司市)→

 7):山口県(日本海沿岸を走行)→新潟県(佐渡島)→新潟県→

 8):青森県(大間)→北海道(函館)→

 9):稚内→根室→室蘭→函館市→

10):青森県(大間)→(太平洋沿岸に沿って走行)→千葉県(館山市)→

11):名古屋→三重県→和歌山県→大阪府(自宅)



実は、出かけるための準備をまだしていないんです。



要するに、出発が可能となった時点で、すべての段取りをするつもりなんです。



万が一、向こう5年程度の間に実行できないときは、体力的なことも含めて再度、自動二輪車での日本一周に変更する必要が生じてくるんですね。



そのためには、できるだけ無駄を省きたいんですね。



実行の決断は、あと4~5カ月ですね。


ただ、タイトルで公表した以上は、安易に中断することはできませんから。






安治川親方のみごとな男振りに感動

安治川親方が廃業することを、記者会見の場を通じて明らかにしました。



廃業理由は、1日に行われた日本相撲協会の役員選挙(理事選挙)において、本来、安治川親方は大島親方に投票しなければならないものを、貴乃花親方に1票を入れたためなんですね。つまり、立浪一門からすと安治川親方は“造反者”になるようなんですね(もう一人いるんですが)。



選挙結果は、貴乃花親方が10票獲得で当選。大島親方は、8票で落選となりました。



安治川親方は、伊勢ケ浜親方から借株をされている手前、責任を取る意味から廃業することを決意したんですね。



それにしても、家族のあること等を考えると、人間誰しも守りの姿勢に入ってしまうのが普通だと思うんです。にもかかわらず、自分の意思を通してまでも貴乃花親方に投票。最後は、潔く廃業をすることを公の場で伝えたんですね。



安治川親方、見事な男振り!! と、心の中で絶賛しましたね。



一方、貴乃花親方については、過去、家族間での固執があったように見受けたんですが、理事選挙に絡む貴乃花親方のインタビューでの答え方をお聞きしていると、紳士的であり、答えることばを選びながらも、言葉に含蓄がありました。人間として素晴らしい親方であると好感を感じましたね。



改革の内容について公表していないのが少し残念なんですが、安治川親方が造反してまでも貴乃花親方へ投票した理由がなんとなく理解できましたね。



男が男に惚れるとは、このことですか。ちょっと強調しすぎですか。



オヤジが貴乃花親方であれば、安治川親方の身分をなんとか手助けしてあげたい気持ちになりましたね。











普天間基地の移転について

米軍普天間飛行場(宜野湾市)のキャンプ・シュワブ沿岸部(名護市辺野古)への移設問題について、鳩山政権が苦渋の選択を迫られています。



1日には、衆院本会議・代表質問が始まりました。午後からの代表質問で、自民党・石原伸晃元政調会長が移設問題について鳩山首相に質問がなされていました。



質問に対して、鳩山首相は、「5月までに結論を出すことにしています」と答弁をされていました。



また、これに先立ち、1月24日には名護市長選挙が行われ、基地移転反対派である稲嶺新市長が誕生しました。この事実のみを踏まえると、当然、現行計画案を実行することは困難となったはずです。



でも、このあとすぐ平野長官が「辺野古案を外すという考え方には立っていない」趣旨の発言をされました。



このあとはまるで、蜂の巣でもつついたかのように大騒になりました。



平野長官の発言の裏には、どうも過去、自民党政権時代の合意事項である「辺野古移設を盛り込んだ日米合意の履行」を米国側に強く求められていることにほかなりませんね。



今後、仮にも、キャンプ・シュワブ沿岸部(名護市辺野古)への移設で幕切れになるようであれば、これまでにやってきたことのすべてが徒労に終わってしまうと思うのですが。


オヤジは過去、米軍嘉手納基地を人間の鎖(手)で包囲する行動への参加をした経験があるんです。行動趣旨は、沖縄県からの米軍基地の撤退を訴えるためのものでした。



米軍嘉手納基地を人間の手で包囲するために、全国の労働組合員の有志が参加したもので、与えられたポジションに個々が立ち、正午を合図にして手をつなぎ合って米軍嘉手納基地を完全包囲するというものでした。



実際、基地周辺のそばに立ってみて初めて理解できたんですが、軍用機の離着陸に発生する爆音で、まともな会話すらできないんですね。現場に立ってみて初めて県民の苦悩が理解できるんです。だから、どこへ移転するにしても、無人島以外でなければ、賛成できませんね。



受け入れ先のない現状を考えるとき、ほんとに5月までに移転先の回答が可能なのか、とても心配になってきましたね。



安全保障・騒音のこともあるので、そんなに簡単に、どこがいいなんて、とてもではないですが安易な主張なんてできないですね。



さて、鳩山政権、移転先についてどのような回答をされるつもりなのですか。




椿

プロフィール画像を1月29日に差し替えることの書き込みをいたしました。



その画像は、お分かりのとおりですが、「サザンカ」なんです。淡いピンクの可憐な花を見ていると、心が癒されるんですね。



ところで、偶然にも日を同じくして、成川温泉(愛媛県)の「金ちゃん」さんのブログこちら )に「藪椿」についてのつづりがありました。なんとなく嬉しかったですね。


高知県の片田舎で育ったことから、椿とのかかわりについては強い思い入れがあるんです。



田舎で暮らしていた周辺一帯で、自生の椿を見ることができたんですね。



で、金ちゃんさんのブログでもつづられていますが、この椿から油がとれるんです。開花を終えた後、栗の実を一回り小さくしたほどの種を残すんですね。この種から油がとれるんです。



たしか資生堂でしたか?ツバキの宣伝をしていますよね? まさにこれが椿から取れる油のことなんですね。



花のシーズンが終わると種が残りますので、ブログを通じて皆さまにご紹介いたします。



また、椿の花には蜜があるんです。この甘いみつに誘われて、メジロが椿に寄ってくるんです。花粉の奥にみつがあることから、花粉の中央から口先を突っ込んで蜜を吸い取るんです。



蜜を吸い終えるたメジロの口ばしを見ると、椿の黄色い花粉が沢山付いているんですね。



小さいころ、椿の花をもぎ取り花びらの後ろ側から、メジロのようにみつを吸い取ったことを覚えています。確かに甘かったですね。



皆さんも機会があれが、今一度、椿の花をゆっくりと観賞してみてはいかがでしょうか。