プロフィール

baike

Author:baike
写真は、和歌山県内にある「紀伊日ノ御埼燈台」です。
定年後、日々余裕ができたのでアメブロを始めたのですが、平成25年9月15日、当ブログに引っ越しをしました。思いつくままに綴っているところです。
 右サイドバー、リンク上段の「自転車で日本一周の旅」は私のホームページです。

最新トラックバック
フリーエリア

自己責任(いとこの死で思うこと)

  昨日の続きです。

  私といとこの年齢はかなり離れていて、16歳ほどの差がありました。私の家によく来てくれたものです。目をくりっとさせて兄の名前を呼ぶ姿は、愛くるしいものでした。そのいとこが“親の不注意により”3歳で亡くなったわけです。

  野井戸は、田んぼ入り口の片隅にあり、直径60センチ余りのものだったように思います。構造は、地下水が自然に溜まるようにするため石を積みあげたものでした。井戸の高さは平面なので、子供がいとも簡単に井戸に落ちてしまう危険性な構造でした。

  3歳で生涯を閉じたいとこですが、叔母は息子の死について、その責任の一端を決して井戸の地主に問うことはしませんでした。責任のすべてが親にあったことを理解していたからだと思います。

  今の時代であれば、当然、民家に近いところに野井戸があったわけですから、井戸にふたもしないことに対する管理責任が問われても仕方のない状況でした。

  翻って世の中の出来事や動きを見ていると、幼い子供の行動に対する親の放任主義がやたらと目につき、知ることができます。

 具体的には、駐車場で乗下車する際の子供の行動です。幼い子供が親よりも先に車から離れたり車に駆け込む姿を目にします。非常に危険な行動です。駐車場では、親が子供の手をしっかり捕まえておくことが必要です。これは、親として子供の命を守ってあげるための当然の行為なのです。それをしない親の多さに驚きます。

  もうひとつ気になるのが、夏休中に学校のプールで起こる死亡事故です。一般的に学校のプールには、市が委託した監視員が就いています。だから親は、監視員がついているから安心、とつい錯覚をしているようです。つまり、泳ぎのできない低学年の子供を付き添いもなく平気で行かせる行為です。その結果、夏になると、プールでの死亡事故が起きています。

  すごく厳しい意見になりますが、泳ぎのできない低学年の子供を親の付き添いなくして他人任せにするのは、非常に危険な行為です。だから万が一、死亡事故が起きた後で、その責任を管理者に問うのは、個人的な意見としてはあまり賛成できません。

  深いプールのあることが分かっていながら大切な我が子を他人任せにするともろに、親としての大きな過ちがあるからです。

  こどもの命は親が守ってあげなくてはなりません。これは、決して過保護でもありませんし、溺愛でもありません。親として子供の命を守ってあげるための当然の行為なのです。

  何でもかんでも、他人の責任にする風潮が見られる世の中になってきたことに気づきます。世の中が複雑になってきたことは理解しますが、自己責任のあることも決して忘れていけないはずです。これがいとこの死で感じたことです。



スポンサーサイト

いとこの死で思うこと(1)

  私がまだ若いころ、いとこ(従弟)が3歳で亡くなりました。病気ではありません。当時、住まいの少し離れに田んぼがあり、そのそばに野井戸があったわけですがそこに落ちて死んでしまったわけです。

  母親(叔母)が家事をしているそのちょっと目を離したそのすきに、幼いいとこは家を出たあと魔の野井戸へと向かったわけです。

  子供のことですから、水を見れば当然、興味を持つはずです。当時まだ幼いいとこですから想像するには、井戸のそばでかがみこみ、そばにある何かを手にとっては井戸に入れてみるなどしているうちに、一瞬にして入り込んでしまったものと思われます。

  この時、息子の姿が見えなくなった叔母ですが、周辺を捜したもののその姿が見当たりません。慌てた叔母はすぐ行方不明になったことを警察へも届けました。このあと、警察もすぐ動いたもののその姿を見届けることができません。一時は誘拐されたのでわ、とのことさへも考えられたほどでした。

  この時私も近くにあった野井戸が気になりすぐ駆けつけたものの、その姿を見ることができませんでした。というのか、この時にはすでに、幼いいとこは野井戸に沈んでいたのですよね。でも、まさか井戸に沈み込んでいるとは、当時の私には想像もできませんでした。

  大騒ぎになってからどのくらの時間が経っていたのでしょうか。親戚の方が野井戸のそばにあった竹さおで井戸をかき回していると何かが当たっている感触に気付いたらしくて、それが井戸に沈み込んでいた幼いいとこだったのです。

  野井戸から引き上げたものの、すでに死んでいました。どうやら井戸に入った瞬間、ショック死されたようです。

  さて、私が言おうとしているのは、実はここからなんです。長くなりますので次回にしたいと思います。